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羅生門

投稿者: horse_224 投稿日時: 2004/09/06 13:13 投稿番号: [4303 / 16409]
  皆様ありがとうございました。   試しに使って、現地の人の反応を見て見ます。

  本日(最終日)も、もう少ししたら出掛けますが、昨日までの三日間を通じて何名か、業界とは全く関係のない80歳台のおじい様方がお見えになりました。

  本来この展示会は、ほとんど一般の方が来場される可能性の無い展示会で、出展者も、中央政府機関や地方自治体、また大学の研究所などが約半数を占め、また来場者も専門業者(というよりも業者達で作っている協会の関係者)や、政府関係が殆どです。

  そういった中で、既に現役を退かれたおじい様達が、何の目的で孫の手を引いて、お見えになるのか?

  話に水を差すことなく、こちらが照れるくらい真摯な態度で、私のような若輩者の話に耳を傾けられ、また、後から出される質問をお伺いする限りでは、理解力が極めて速い。   単なる暇つぶしなら、公園で象棋をやったり、植物園で日向ぼっこをしていればよさそうなものなのですが。。。

  そこでふと思い出したのが、数年前に80歳台で亡くなった私の叔父。(通信兵としてアジア各地を転戦)

  亡くなる数ヶ月前まで、現役で家業をしてこられた所謂職人なのですが、この叔父さん、仕事中は一切他の事に耳を傾けませんが、終わった途端に「教えて君」に様変わりします。   しかも家業には全く関係のないことばかり。   そして、この状態は、病状が悪化して、会話が困難になる直前まで続きました。

  他の親戚は、(勿論叔父さんを大事にするという意味で)年寄り扱いをするのですが、私は、叔父さんに「年齢」というものが全く感じられないため、常に同年代の友達と話をするような感じで、話しておりました。

  それが余程に嬉しかったらしく、言葉が不自由になってからも、たまに喋れるときは、「○○ちゃん(私)は、どうしょおる?   台湾へ行くゆうとったが、行く前にわしが祝いを渡しちゃるんじゃ。」と話していたと、叔父が亡くなったあとに叔母が泣きながら語ってくれました。(結局それを、手ずから頂く前に意識が無くなってしまいましたが。。。)

  展示会で、おじい様方とお話をさせていただき、その純粋な向学心(知識欲)を見ている内に、ふとその叔父の事を思い出しました。

  現代の現役の社会人に比べれば、生活や仕事は、叔父さんの年代の方が遥かに辛かったと思うのですが、そんな事は欠片も匂わせません。   逆に現代人は、(勿論遊んでいるわけではないのですが)何かとても苦しそうで、その辛さや不満や羨望(嫉妬)が、表に滲み出ている人が多いように思えます。

  何が言いたいのか、(毎度の事ながら)結論がうまくまとまりませんが、そういったおじい様方を見て、感動と懐かしさと憧れがこみ上げてきました。
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