付け足し
投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/08/05 15:04 投稿番号: [3652 / 16409]
台湾人の深く沈潜した思索、煩悩、恨み、憎しみ、後悔、反省、希望、などを「質」として捉えることが、何よりも必要なのではないでしょうか?
「情報量」として捉えてしまうと、「人」が見えてこない。
しかし、「知識の量」は、簡単には増やせないし。。。
昔、サルトルの研究者の平井啓之が、「人間の存在、思索、思想、経験などを含めた、個人の全存在の総量」というようなことを言っていたが、そうした「総量」で「人」を捉えないと、分からないことがあるのだろうなぁ、と思います。
まあ、呂にはそうしたモノはこれっきしもない、皆無のようですが。。。(大笑)いまだ、原住民問題では、負け惜しみのようなことを言っているし。。。
今現在の台湾、もちろん、日本にも欠けているのが、こうした平井啓之のような考え方、思索方法でしょうね。
政治だって、経済だって、文学だって、哲学だって、それらに通底するモノを持っていないと、表層だけで終わってしまうでしょうし、消費の波にのまれて消えてしまうような、泡沫的なモノになってしまうでしょう。
最近の日本人は考えることをしなくなったし、こんなことを書いていると、「台湾人の思い」とかいうように、安っぽい言葉でステレオタイプ式に表現し、思考を止めるしなぁ。。。
やはり、学生時代には、一日に岩波新書一冊程度の読書量はないとなぁ。。。
ああ、これだから、若者に嫌われるのでしょうねえ。。。(苦笑)
これは メッセージ 3651 (aki_fumika さん)への返信です.
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