>例の音楽(二二八)
投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/06/06 14:37 投稿番号: [2962 / 16409]
私の方では、フロッピーにして配り、周りの台湾人たちに聞いておりますが、なかなか知っている人がいなくて。。。(それどころではない情況であったかもしれませんが、逆に、そうした大変な情況だからこそ覚えている人もきっといるはずだ、と信じておりますが。。。)
どうか、他の方も、Yabeさんの記憶のもやもやを晴らすためにも、また、二二八の歴史の一頁のためにも、ご協力をお願いいたします。
さて、私、クロールだけに逃げも速いかもしれませんよぉ(笑)。
ただ、歴史の遍在性、歴史的責任の遍在性、とか、同時代の責任(かといって私は大江健三郎は嫌いですが)というものを私たちは背負っていると思うんですよ。
同じ民族に生まれてしまった者、同じ時代に生きてしまった者として取らねばならない責任をどうするか、ということも、個人の問題であるとともに、国家の問題でもあると思います。
すべての責任をとることは出来ませんが、それらの責任のうちのどれを自らの意志で選択して、自分で背負うかということを問わねばならないのではないかな(アンガージュマンですね)?ということを、最近の軽薄な政治的風潮を見ていて、痛切に感じるのですよ。
なんか、そうした人間としての根本的な生き方の中に、国家概念なり、台湾独立なりの、大事な部分があるように思えてならないのです。
ですが、残念なことに、そこまで深く考えて、真剣に自らの問題として台湾独立や国家概念を考えている若者がいないことに絶望しかかっているところです(だから、こうして、インターネットで草の根的に活動しているわけですが。。。)。
ま、むつかしく考えなくとも、日本人なら「袖すり合うも多生の縁」で、浅からぬ縁のある台湾のために自分に出来ることをしようではないか、と、そんなところです。
これは メッセージ 2961 (yabe571 さん)への返信です.
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