>骨董など
投稿者: mita_yuji 投稿日時: 2004/05/16 02:22 投稿番号: [2780 / 16409]
最近は随分と改善されているように見受けられ、あまり悲観的になられる必要もないかとも思われます。
日本時代には愛書家が多く、『愛書』という定期刊行物も出されたりしていましたが、私が駐在していたころは、市場に出てくる古書の保存状態は極めて悪く悲しくなっていました(ただ、台湾と名がつくと保存状態が悪いにもかかわらず価格は相当高かったです)。
いい兆候につきましては、私が知っているだけでも、例えば以下のようなことがあげられます。
1.台湾総督府が莫大な文書を残しており、以前は台湾省文献委員会が管理しておりましたが、保存状態が危ぶまれておりました(現在は国史館管理)。名古屋の中京大学の檜山教授が中心となってグループを作り、10年以上前から整理を行っています。その成果は『台湾総督府文書目録』という形で出版されています。また、これら文書を読み解くために「候文勉強会?」のようなグループが若手学者(台湾人を含む)の間でできています。
2.法院が残した資料も台湾大学法学院の王?教授がその重要性を指摘し、整理が試みられています。
3.私が1988年に『台湾古文書集』を出したことも刺激の一つとなって、幾つかの公蔵、私蔵の古文書が整理され出版されています。
4.台湾社会の「富裕化」「本土化」に伴い、日本の古書市場にも台湾人が進出し、台湾関係の古書を購入しています。冗談ぽく言えば、十数年前は一枚百円だった日本時代の台湾絵葉書が、一枚千円以上になったりしています。日本における台湾関係古書の相場はバブルがはじけた後も、あまり下落していません。高いお金を出して買ったものを大切にするのは「人情」であり、史料保存の観点からは歓迎すべきことと思います。
5.私の二十年来の両位台湾朋友で台湾モノの出版を続けている出版社の頭家は二人とも相当なホオギャアラン(好額人→お金持ち)になっています。これは台湾社会において台湾モノの需要が確実に増え続けていることの証左です。
6.以前にもご連絡しましたが、呉三連台湾史料基金会の委託を受けて、日本で出版される台湾関係書籍の収集/納本を行っています。これが2000年以降、量が膨大に増えています(是非一度参観においでて下さい)。日本においても台湾に興味を持つ人たちが増えている証です。これは将来の日台関係にとって総論的には良い傾向です。90年代はこんな冗談が通じていました「若手の台湾研究者でmitaの名前を知らないのはモグリだ」。それが2000年に私が病気でダウンし、3年間自宅で「冬眠生活」を送っている間に、日本台湾学会でも私が知らない人が過半数を超えるまでになりました。
日本時代には愛書家が多く、『愛書』という定期刊行物も出されたりしていましたが、私が駐在していたころは、市場に出てくる古書の保存状態は極めて悪く悲しくなっていました(ただ、台湾と名がつくと保存状態が悪いにもかかわらず価格は相当高かったです)。
いい兆候につきましては、私が知っているだけでも、例えば以下のようなことがあげられます。
1.台湾総督府が莫大な文書を残しており、以前は台湾省文献委員会が管理しておりましたが、保存状態が危ぶまれておりました(現在は国史館管理)。名古屋の中京大学の檜山教授が中心となってグループを作り、10年以上前から整理を行っています。その成果は『台湾総督府文書目録』という形で出版されています。また、これら文書を読み解くために「候文勉強会?」のようなグループが若手学者(台湾人を含む)の間でできています。
2.法院が残した資料も台湾大学法学院の王?教授がその重要性を指摘し、整理が試みられています。
3.私が1988年に『台湾古文書集』を出したことも刺激の一つとなって、幾つかの公蔵、私蔵の古文書が整理され出版されています。
4.台湾社会の「富裕化」「本土化」に伴い、日本の古書市場にも台湾人が進出し、台湾関係の古書を購入しています。冗談ぽく言えば、十数年前は一枚百円だった日本時代の台湾絵葉書が、一枚千円以上になったりしています。日本における台湾関係古書の相場はバブルがはじけた後も、あまり下落していません。高いお金を出して買ったものを大切にするのは「人情」であり、史料保存の観点からは歓迎すべきことと思います。
5.私の二十年来の両位台湾朋友で台湾モノの出版を続けている出版社の頭家は二人とも相当なホオギャアラン(好額人→お金持ち)になっています。これは台湾社会において台湾モノの需要が確実に増え続けていることの証左です。
6.以前にもご連絡しましたが、呉三連台湾史料基金会の委託を受けて、日本で出版される台湾関係書籍の収集/納本を行っています。これが2000年以降、量が膨大に増えています(是非一度参観においでて下さい)。日本においても台湾に興味を持つ人たちが増えている証です。これは将来の日台関係にとって総論的には良い傾向です。90年代はこんな冗談が通じていました「若手の台湾研究者でmitaの名前を知らないのはモグリだ」。それが2000年に私が病気でダウンし、3年間自宅で「冬眠生活」を送っている間に、日本台湾学会でも私が知らない人が過半数を超えるまでになりました。
これは メッセージ 2778 (tabetabeta さん)への返信です.
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