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台湾女性の尊嚴

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/05/22 04:00 投稿番号: [15722 / 16409]
公娼制度の存在は女性の尊厳を傷つけるというのなら、蒋父子が総統になっていた約40年間は台湾の女性の尊厳が最も傷つけられた時期であった。台北市内で公娼が営業を公許されていた地区が三箇所あった。そのほかに北投にもあった。今では北投は台北市の内だが、蒋父子時代は台北縣だったかも知れない。それから蒋介石軍の兵士や軍官用の「軍中楽園」が市内の思いがけぬ場所に見られた。公娼を抱えて性の営業をする家(娼館)は、入り口に緑色の門灯をとりつけなければならない規定だから、娼館の別名は緑灯戸と言い、緑灯戸の存在が許される区域を緑灯区と言った。緑灯区がちょうど日本語の赤線区にあたる。公娼は免許制で、警察(?)から「公娼証」(という名だったかな)を貰う必要があり、定期的に検診を受けなければならない。公娼証を持たない女が町で客を呼ぶと、ブタバコへたたきこまれ(何日間か知らぬ)、前科が記録される。第一回目はブタバコと説教だけだが、第二回目に捕まると、前線(金門島、馬祖島など)の軍中楽園へ否応なしに送られ、2年間の服務を強いられる。これは自分の希望で止めることができないから間違いなく性奴隷だ。

アメリカのリンドン・ジョンソンが大統領になっていたは時期、1963年11月30にちから1669年1月20日まで、この期間ベトナムではアメリカ軍は苦戦し、戦場のアメリカ兵は士気が低落した。よってアメリカ軍は兵士を輪番で日本や台湾へ一週間(?)の性慰安休暇に行かせた。台北の町は慰安婦をつれて(おっと間違い。慰安婦につれられて)見物するアメリカ兵がたくさんになった。アメリカ兵相手の慰安婦は見たところ素人っぽくて、高い報酬が取れるがために、身を犠牲にして家族を養おうとする女性という感じだった。アメリカ兵は夜の慰安のほかに、昼間の町見物案内を要求し、一週間毎日24時間奉仕という契約だったらしい。女にはよい衣装を買ってやった。美容院へも行かせた。5インチのハイヒールを履かせた。女たちは自国人に見られるのを恥じて、伏目でアメリカ兵と腕を組んで歩いた。蒋政権はこれらの慰安婦の存在を黙許していた。
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