Re: 別解
投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2008/08/24 22:05 投稿番号: [14848 / 16409]
Aという男とBという男がいる。
あらかじめ言っておくと、AもBも手持ちの金は無い。所持金ゼロ円である。
ところが、
Aは、Bが自分の部屋の机の上に1万円札を置いている、と主張する。
Bは自分の部屋から出てこない。
Aは、Bが1万円札を机の上に置いている、とさらに主張する。
そして、さらに、その1万円はAに内緒でBがどっかから掠め取ってきた金だ、と吹聴する。
ところが、Bが部屋を出てくる、という噂を聞くや、Aはビビッてしまい、
「もしBが部屋から出てくるのなら、Bはその1万円をどっかからネコババした、そして机の上に置いていた、という証拠を隠滅してから、に相違ない」
と言う。
Bがネコババした1万円の証拠を隠滅してから、部屋を出てくる、というのである。
では、Aの主張はどうなるのか?
Bが部屋を出てくるということは、Aの主張によれば、Bの不正の証拠が隠滅された、ということで、Aの主張を裏付ける何物も存在しない、ということである。
で、Bが部屋を出てきた、その時点では。。。
勿論、Bの部屋の机の上には1万円札など無い。もとから無いのであるから。。。
ところが、Aの主張は、元々がAの虚偽ではあるが、その虚偽を虚偽と証明する証拠も無い、つまりは、Aの嘘はバレない、という、非常に、幼稚なトリックである。
さらにAは言うであろう。Aは真実を主張したが、Bが自分の不正の証拠隠滅をしてしまったがために、残念ながら、Bが部屋を出てきた時点では、Aは自分の正しさを証明できない、と。。。
Aの嘘を信じたいという単なる欲望で、Aの嘘を真実だ、事実だと喚きたてる連中。
さらには、Aは自分の主張をTV局などに売って、あろうことか1万円を手にした。
AもBも、もともとは所持金ゼロ円であった。
しかし、Bが部屋から出てきた時点では、Bは所持金ゼロ円、Aは1万円、なのである。
Aはその1万円を、Bから口止めでもらったと吹聴するかもしれない、それとも、これがBの机の上にあった1万円だ、というかもしれない、あるいは、この1万円はほんの一部でBはもっとお金を隠していた、というかもしれない。
嘘を嘘で塗り固めてどんどん雪だるま式に増やしていく、しかし、都合のよいことに、Aの嘘を取り合うTV局などは、Aの嘘は単なる消耗品、聴視率のためのネタ、嘘でもなんでもかまわない、のである。
また、Aの嘘を信じる連中は、Aの嘘が、自分たちの欲望、欲求にちょうど良い、都合が良いから、それを信じるのである。
ではBは?言われ損。ただそれだけである。
つまり、嘘吐きは三文の徳、という、これまた中国系の浅ましい常套手段。
あらかじめ言っておくと、AもBも手持ちの金は無い。所持金ゼロ円である。
ところが、
Aは、Bが自分の部屋の机の上に1万円札を置いている、と主張する。
Bは自分の部屋から出てこない。
Aは、Bが1万円札を机の上に置いている、とさらに主張する。
そして、さらに、その1万円はAに内緒でBがどっかから掠め取ってきた金だ、と吹聴する。
ところが、Bが部屋を出てくる、という噂を聞くや、Aはビビッてしまい、
「もしBが部屋から出てくるのなら、Bはその1万円をどっかからネコババした、そして机の上に置いていた、という証拠を隠滅してから、に相違ない」
と言う。
Bがネコババした1万円の証拠を隠滅してから、部屋を出てくる、というのである。
では、Aの主張はどうなるのか?
Bが部屋を出てくるということは、Aの主張によれば、Bの不正の証拠が隠滅された、ということで、Aの主張を裏付ける何物も存在しない、ということである。
で、Bが部屋を出てきた、その時点では。。。
勿論、Bの部屋の机の上には1万円札など無い。もとから無いのであるから。。。
ところが、Aの主張は、元々がAの虚偽ではあるが、その虚偽を虚偽と証明する証拠も無い、つまりは、Aの嘘はバレない、という、非常に、幼稚なトリックである。
さらにAは言うであろう。Aは真実を主張したが、Bが自分の不正の証拠隠滅をしてしまったがために、残念ながら、Bが部屋を出てきた時点では、Aは自分の正しさを証明できない、と。。。
Aの嘘を信じたいという単なる欲望で、Aの嘘を真実だ、事実だと喚きたてる連中。
さらには、Aは自分の主張をTV局などに売って、あろうことか1万円を手にした。
AもBも、もともとは所持金ゼロ円であった。
しかし、Bが部屋から出てきた時点では、Bは所持金ゼロ円、Aは1万円、なのである。
Aはその1万円を、Bから口止めでもらったと吹聴するかもしれない、それとも、これがBの机の上にあった1万円だ、というかもしれない、あるいは、この1万円はほんの一部でBはもっとお金を隠していた、というかもしれない。
嘘を嘘で塗り固めてどんどん雪だるま式に増やしていく、しかし、都合のよいことに、Aの嘘を取り合うTV局などは、Aの嘘は単なる消耗品、聴視率のためのネタ、嘘でもなんでもかまわない、のである。
また、Aの嘘を信じる連中は、Aの嘘が、自分たちの欲望、欲求にちょうど良い、都合が良いから、それを信じるのである。
ではBは?言われ損。ただそれだけである。
つまり、嘘吐きは三文の徳、という、これまた中国系の浅ましい常套手段。
これは メッセージ 14843 (aki_fumika さん)への返信です.
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