大中至正の看板を降ろす
投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2007/12/06 13:22 投稿番号: [13963 / 16409]
というので昨日は大騒ぎでしたが、まぁ、いつまでも軍事国家、軍部独裁、などの象徴である、蒋介石でもあるまいし、とは思ったのですが、馬尻はこの大中至正の大看板が降ろされたら、もし自分が総統になったら復活させると息巻いておりました。
おそらく、馬尻のベクトルは、民主主義国家ではなく、軍事独裁、外省人が主導権を握る、という方向なのでせうなぁ。。。(呵々大笑)
大中至正ったって、ああた、金大中の顕彰看板じゃあござんせん。
石川淳の小説に鷹というのがございます。
その最後の方にあると思いますが、牢に入れられた主人公が(牢からの解放を意識した後)、牢にいる主人公から見れば、獄吏たちの方こそが牢獄へ閉じこめられているのだ、というようなくだりがあります。
共和国という叫びや牢に入れられた明日のピース(タバコ)を作る仲間たち、そして彼らを取り締まる官憲、と、まさに台湾人と外省人との対立を重ね合わせてもよいかのような、そんな小説です。
いまや、獄にいるのはやつらの方で、というのが、今の国民党や蒋介石・蒋経国に幻想を抱き続けている外省人どもでせう。
ただ、明日語を解し、明日のピースを作ってきた仲間が、彼らを取り締まってた連中とそっくりになりはててしまったのが、今の台湾です。
呉英明が、長老教会があるからこそ今の台湾があるのだ、と息巻いておりましたが、その長老教会、民進党の慢心、腐敗があるからこそ今の台湾の混沌がある、という事実・現実に対し、そうした呉英明のような慢心者は無力であり、ただ逃避を繰り返しているに過ぎない。
自浄作用、浄化などは余程の決心と努力を為さねば出来ない。そうした自明のことをこうした慢心者どもは忘れている。
これが今の台湾です。
国民党は外省人どもが台湾に持ち込んだモノだが、その国民党的体質を具現しているのは残念ながら、国民党、民進党を問わず、こうした慢心者どもなのです。
これは メッセージ 13962 (aki_fumika さん)への返信です.
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