台湾

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Re: あはんおばさん(周姐)のご乱行

投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2006/11/30 16:15 投稿番号: [13342 / 16409]
つづき


結局は、台湾人の内なる独裁性・被支配を台湾人が超克できない、ということは、それが民族の限界・壁であると思います。

韓国には韓国の限界、韓国人の民族の限界、というものがあり、金大中はそれを非常に良く説明している。説明できるということは金大中は卓越したアタマを持っている、ということなのでしょうし、韓国の現実・民族の限界を目の当たりにした苦悩を説明できるだけ優れているのでしょう。

日本には日本の民族的な限界があるが、それを自覚できる日本人は最近は非常に少ない。これも同じようなことなのでしょう。

だから、それぞれの民族・国民がその限界や問題点を指摘されると、異常に興奮し、反発するのだろう、と思う。超克できないのだから、指摘されると反発するということは、能力の域を越えた問題でもあろうし、そうした努力ができないこと、無能力などからの反発となるのかもしれない。。。或いは、大多数は、はなっからそうした問題意識を持てないのかもしれない。

これは、台湾人にせよ、外省人にせよ、外国人に台湾や中国の政治が分かるはずもない、というような、或いは、中国系社会が理解できようはずもない、というような、反発、排除が働くことを見ても、やはり、根強く台湾にはあるのだろうと思う。結局は、そうした排除を働かせることで、問題を無意識に回避する、民族的限界に触れないようにするという、安全弁?があるのかもしれない。それが非常に極端なのが台湾の外省人であることは間違いないが。。。台湾人も確かにそれと酷似した反応をよくする。




群策会や李登輝前総統の失敗は、台湾人の民族的限界・壁の認識が甘かった、ということにあるのかもしれない。

李登輝時代の開放政策がほぼ失敗だった原因は、台湾人の民族性、外省人の民族性とその限界を見極められなかったことにあるのだろうが、今回の失敗も恐らくは同じような認識の甘さにあるのだろう。

これは何も李登輝前総統や群策会の失敗を揶揄するつもりのお話ではない。

恐らくは、李登輝前総統の族群政策や新台湾人などに見られる、台湾人に対する希望や期待が、現実の台湾人の許容をはるかに越えていたということなのだろうし、その失敗は、李登輝前総統の台湾に対する希望や愛情がそれだけ大きかったということの顕れでもあろう。

さらには、現在の情報や技術がすでに民族の限界を超えたものとなっていることにも起因する。

民主主義とは何か?民族的民主主義とは何か?台湾摸式の民主主義とはいかなるものか?など、台湾人の民族的限界を見極めた上で、再度、青写真を練り直す必要がありそうである。

歴史的には非常に浅い台湾人がアイデンティティを持つことは相当にむつかしいし、近代性を獲得するにはなお相当な時間が必要である。

それに見合った民主主義の受容形態を、その時代時代に、同じベクトルでの、あり方を模索する必要があるのかもしれない。


台湾の民主化運動、台湾独立運動は、恐らくは現時点では失敗である。

果たして私たちに再度出発点に立つだけの力や時間が残っているのだろうか?
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