シオニストとナチス・ドイツ
投稿者: comovancosas 投稿日時: 2008/04/25 20:02 投稿番号: [16824 / 30899]
1937年2月末、パレスチナにおけるユダヤ人武装集団ハガナの代表、ファイフェル・ポルケス がベルリンを訪れた。彼はドイツでもっとも有名なユダヤ問題専門家であるアドルフ・アイヒマンと会った。その話し合いの中で、ポルケスはドイツにいるユダヤ人のパレスチナへの亡命を促進するようにと依頼し、その全費用はできるだけ早くドイツ側に支払うことを約束した。そしてさらにアイヒマンをパレスチナに招待したのであった。
シオニスト団体の中でも超過激派の『レヒ』もナチス・ドイツと密接な関係にあった。その組織のリーダーの一人がのちにイスラエル首相となるイツハク・シャミルだったのである。イギリス諜報機関は、戦争中にシャミルが駐トルコ・ドイツ大使館に宛てた手紙を横取りして読んだ。その手紙の内容は、シオニスト・ユダヤとナチス・ドイツの考え方は同じである。だから両者は協力していかざるをえない、というものであった。
シャミルのほかにも、イスラエル首相であったベン・グリオン、モセ・シャレット、メナヘム・ベギン、レビ・エシコルたちもナチスと協力した。たとえばドイツ軍諜報局のカナリス局長の命令で、ベギンがエルサレムのキング・デービッド・ホテルを爆破したことは周知の事実である。(これによって多くのイギリス将校が死傷した)。
第二次世界大戦後、イスラエルの諜報機関は戦争中のナチス・ドイツとの汚ない取引の証拠を隠滅しようと、多くの目撃者を殺害した。スウェーデンのフォルケ・ベルナドット伯爵は、ヒムラーやシェレンベルグとシオニスト・ユダヤたちの会談に参加し、そのことを日記に記していた。しかし伯爵がその日記を発表しようとしたので、その前に彼らはイスラエル『STERIV』組織のテロリストによって殺害された。
このような例は少なくない。しかしナチス・ドイツと協力したユダヤ人でその事実に口をつぐんでいる者たちは生き残り、イスラエルにおいて高いポストに就いている」
これは メッセージ 16810 (sakuranoobi さん)への返信です.
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