ヒトラーのスポンサー
投稿者: comovancosas 投稿日時: 2008/04/25 20:00 投稿番号: [16823 / 30899]
第二次世界大戦前から戦中にかけて、アドルフ・ヒトラーの最大のスポンサーになったドイツの富豪テュッセンが設立したオランダにある貿易海運銀行が、ウォール街からヒトラーへの送金に使われていた。実はこの銀行はアメリカ財界のエスタブリッシュメントに直結する銀行であった。テュッセンの貿易海運銀行は、ニューヨークにあるW・A・ハリマン商会と提携関係にあり、ニューヨークのユニオン・バンキングという銀行をコントロールしていた。ユニオン・バンキングはハリマン財閥とテュッセン・グループが共同プロジェクトでニューヨークに設立した銀行で、同行の取り締まり役会にはローランド・ハリマンやテュッセン銀行のカウエンホーヴェン頭取が名を連ねていた。1940年の時点でオランダの貿易海運銀行はユニオン・バンキングの約220万ドルの資産を保有しており、一方のユニオン・バンキングはそのほとんどの業務を貿易海運銀行との取引にあてていた。ユニオン・バンキングはつまり、アメリカン・マネーをこのオランダの銀行を通じてドイツに投資していたのである。
このユニオン・バンキングで社長を務めていたのが、ジョージ・W・ブッシュ大統領の曾祖父にあたるジョージ・ウォーカーである。「アメリカにおけるヒトラー支持者の一人」と言われたウォーカーは、義理の息子であるプレスコット・ブッシュ(現大統領ジョージ・Wの祖父)をユニオン・バンキング就けた。プレスコットは1926年にW・Aハリマン商会の副会長に就任し、活発にドイツ債を商い、20年代のドイツ・ブームを起こしたウォール街の「仕掛け人」の一人だったのである。
フリッツ・テュッセンは1939年にドイツに亡命していたが、ハリマンやブッシュたちが築いたドイツとの関係はそれ以降も生きており、とりわけテュッセンの同僚であった鉄鋼王フリードリヒ・フリッツとの関係が深まっていた。フリッツはヒトラーの政権掌握後にドイツ経済を支えた重要な財界人の一人で、大戦後のニュールンベルグ裁判では戦犯として裁かれた人物である。フリッツは戦前からアメリカの投資家グループと組んでポーランド最大の製鉄会社を支配下におさめていたが、この投資家グループの中核を占めていたのが、ユニオン・バンキングの取締役たちだった。ちなみにこのグループにはジョン・フォスター・ダレスも参加していた。
このユニオン・バンキングで社長を務めていたのが、ジョージ・W・ブッシュ大統領の曾祖父にあたるジョージ・ウォーカーである。「アメリカにおけるヒトラー支持者の一人」と言われたウォーカーは、義理の息子であるプレスコット・ブッシュ(現大統領ジョージ・Wの祖父)をユニオン・バンキング就けた。プレスコットは1926年にW・Aハリマン商会の副会長に就任し、活発にドイツ債を商い、20年代のドイツ・ブームを起こしたウォール街の「仕掛け人」の一人だったのである。
フリッツ・テュッセンは1939年にドイツに亡命していたが、ハリマンやブッシュたちが築いたドイツとの関係はそれ以降も生きており、とりわけテュッセンの同僚であった鉄鋼王フリードリヒ・フリッツとの関係が深まっていた。フリッツはヒトラーの政権掌握後にドイツ経済を支えた重要な財界人の一人で、大戦後のニュールンベルグ裁判では戦犯として裁かれた人物である。フリッツは戦前からアメリカの投資家グループと組んでポーランド最大の製鉄会社を支配下におさめていたが、この投資家グループの中核を占めていたのが、ユニオン・バンキングの取締役たちだった。ちなみにこのグループにはジョン・フォスター・ダレスも参加していた。
これは メッセージ 16810 (sakuranoobi さん)への返信です.
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