自由とは
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2006/10/28 01:41 投稿番号: [21113 / 21882]
広義に解すれば非常に漠然とした概念であり、はっきりとした定義を導き出すことは無理でしょうね。
しかし、我々が狭義の意味で自由を考える時、人間として最大限の自由を得るためには、他者と妥協しなければならないという当然の帰結に至ります。何故なら、全ての人間が自由を求めるからです。無制限の自由、即ち他者の自由を考慮しない自由とは独裁者のみが得られるものです。
中国のように、はっきりと中共の独裁が国家の基盤である場合、中共の求める自由に支障にならない範囲でしか人民には自由が認められません。これは古代の王朝と何ら変わることはなく、中国が数千年来かわらないという所以です。
知恵を持ったら自由が無くなるというどこかのオサキマッ・クラは、自由とはその価値を判断できる存在にしか意味がない点を無視しています。鳥は自由に空を飛べるでしょうが、その自由を評価していません。だから、飛ばなくて済むのであれば飛ばないものです。ペットの方が野生動物よりよほど質の高い生活をしていますが、人間の感傷で野生動物はペットより自由だから幸福だと言っているに過ぎません。
自由の概念とは、人間のみが評価できるので、知恵のある人間だけの価値です。それを評価できないどこかの国の人民には自由とは意味がないのかも知れません。
野生さんの言うとおり、自由とはそれを評価できた人間が血を流して獲得してきたものです。
所で、共産主義が平等に最高価値を置き、資本主義が自由に最高価値を置いたのは周知の通り。そして、共産主義が失敗したのは、やはり人間が自由に価値を置いているからです。自由とは遵法精神がなければ使いこなせないのだとも、自由を評価できる人間は知っているものです。
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