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台湾(の歴史)を少しだけ知る その8

投稿者: dream_hydrangea 投稿日時: 2005/01/06 23:34 投稿番号: [15585 / 21882]
1949年10月1日、中華人民共和国が建国されました。
同年12月7日、中華民国政府は台湾に移転し台北を臨時首都
としました。
(南京が正式な首都だそうです)
台湾(中華民国)では戒厳令と憲法に優先する動員戡乱時期臨時条款
が施行され、総統に多くな権限を付与しました。
また、立法議員(国会議員)は大陸反抗が実現するまで非改選
とされました。

こうした独裁体制のうえで、蒋介石は台湾を私物化していった
というようなことをこの本では書いています。
それはともかく、
台湾に残された日本の資産と日本人の私有財産は全て接収されて
しまいました。
総額、約100億円です。
当時の額です。
日本の国家予算の5%だそうです。
今だったら3〜4兆円くらいでしょうか?
すごい額です。
これなら、賠償金はいらないはずです。
日本が育てた産業もそのまま継承したのですから、大きな利益を
上げることができたそうです。

蒋介石一族は利権をあさり、不正(?)蓄財を重ねて15億ドルの財産
を築いたと本には書いてあります。

1975年、蒋介石が亡くなると蒋経国が国民党主席となり、1978年
には中華民国総統となりました。
この時代も、腐敗体質は変わらず、汚職がはびこっていたそうです。


ここからは本のマンマの丸写しです
著作権法に違反ですね。
でも、ぜひマンマでお伝えしたいと思います。
(改行場所等一部本とは違う場合があります)

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蒋一族には民を思う気持ちなどかけらもなく、ただその名声を乱暴
に振り回しては善良な市民から仕事を奪い、そして勝ち取った利権
で荒稼ぎした。
銭の匂いがすると途端に飛びついてくりその鋭い嗅覚は、やはり一
族伝統の本能といってもいいだろう。
そんな蒋一族の四十年間の君臨は、台湾人を苦しめ続け、そして本
省人の自由と生命を奪ったのである。

しかし、そんな台湾の非民主的な体制を、国際社会がいつまでも
放置しておくはずはなかった。
1985年8月、アメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガンは台湾の
中華民国政府に民主化の促進を呼びかけた。
これは国民党独裁政権にとっては外圧以外のなにものでもなかった
が、民主化を望む台湾民衆にとっては心強い援護射撃となり、国内
の民主化を求める声は次第に高まりをみせていった。
こうした内外の潮流にもはや抗しきれないと悟った蒋経国は、
同年十二月、「蒋家の者が権力を継承することはない」と公言し、
これまで圧政に苦しんできた台湾人を驚かせた。
さらにその二年後、蒋経国は、
「ここがやがてあなた達のものになる」
とも語っている。
「ここ」とは"台湾"であり、「あなた達」とは"本省人"を意味し、
台湾は台湾人のものになることを暗示した発言として注目された。
1987年7月15日、蒋経国は三十八年間も敷き続けられてきた
戒厳令を解除した。
そして彼は「私も台湾人だ」といい放った。

1988年1月13日、蒋経国の死去に伴って副総統だった李登輝が
台湾人ではじめて台湾の政治の頂点に立った。
同時にそれは、台湾が"中国"という虚構を脱ぎ捨て、民族自決の道
を歩みはじめる出発点となったのである。

================================================== =
そして、李登輝さんは日本にいらっしゃいました。
日本で青春時代を過ごされた方です。
「私は22歳まで日本人だった」
と日本を愛してくださっている方です。
自由に日本と台湾を往来できるようにしてあげたいですね。
これで、ゆめのの『台湾(の歴史)を少しだけ知る』
は終わりにします。

最後に使用した本の題名と著者、出版社を。
『台湾人と日本精神   日本人よ胸を張りなさい』
サイ・コンサン著
日本教文社
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