台湾(の歴史)を少しだけ知る その5
投稿者: dream_hydrangea 投稿日時: 2004/12/10 23:05 投稿番号: [15354 / 21882]
日本が台湾でもっとも力を入れたことの一つが教育でした。
1919年の「台湾教育令」によって、
台北師範学校、台南師範学校、台北工業学校、台中商業学校、
農林専門学校など多くの学校が開校されました。
日本自身が教育によって発展しましたから、台湾の発展も教育が
大切と考えたのでしょうね。
さらに、1921年の「新教育令」では台湾人と日本人がともに
学べるようになりました。
こうして台湾の教育に尽くした結果は、就学率92%(1945年)という
数字に表れます。
日本の教育は数字の上でだけではありませんでした。
教育に情熱を持ち、生徒を愛する多くの教育者のおかげで、台湾に
勤勉・正直・約束は守るという日本人的な道徳が根付きました。
それはまた、自分や家族の利益にさえなれば良いという考え方を
(国民)全体のためという考え方に変えたのだと思います。
台湾の人たちがどれだけ日本人として国を愛してくれるようになった
のかをうかがい知ることができる数字があります。
それは、
昭和17年に施行された陸軍特別志願兵制度への志願者数です。
なんと千名の募集に対して、40万人が志願、翌年は60万人の志願
があったそうです。実に600倍の狭き門ですね。
朝鮮では62倍だったそうですけれど。。。
ところで
朝鮮と言えば、創氏改名が非難されますが、
台湾では創氏改名は許可制で、役所に申請した上で審査を受け
なければならなかったそうです。
(改名しなくても特に差別はなかったとのこと)
朝鮮は自己申告制だったそうです。
そして、台湾でも朝鮮でも決して強制ではなかったらしいです。
これは メッセージ 15300 (dream_hydrangea さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/a55a5ca5aba1bca1a6a5a2a58a5a2a5aba5ca5wa4nhbfffcldbj_1/15354.html