児玉誉士夫随想-3
投稿者: uglyuglyjap 投稿日時: 2004/11/23 22:52 投稿番号: [14966 / 21882]
要するに戦線の詔勅なき戦争、名分の明らかならざる戦い、日支事変は畢竟、王師ではなく、驕兵であったかも知れぬ。自分は戦場を旅し、大陸における実情を知るにおよんで、在支百万の日本軍が聖戦の師であるか、侵略の驕兵なるかの疑問に悩まざるを得なかった。このことは自分のみならず現地を知るものの多数が考えさせられた問題であったと思う。しかし国民のなかの多数の者がそれを自覚し得たとしても、すでに軍国主義の怒涛が逆巻き、もはや何人の力をもってしてもそれを阻止することは不可能であった。そして、この軍国主義の怒涛は、昭和四、五年以来、政党不信をスローガンに、国民大衆が挙げた革新の叫びとその雰囲気のなかから生まれでているとすれば、そして自分もまたその革新勢力のなかの一つの勢力であった右翼派の一つとして行動してきたことを思うと、支那大陸に野火のように拡がって行く軍国主義日本の現実をみて、自らも悔いねばならぬもののあることを知った。
(「われ
かく戦えり」
P78〜P80)
これは メッセージ 14965 (uglyuglyjap さん)への返信です.
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