児玉誉士夫随想-1
投稿者: uglyuglyjap 投稿日時: 2004/11/23 22:49 投稿番号: [14964 / 21882]
満州でも蒙古でも日本人の進出するところ必ず派閥が伴ない、お互いがいがみ合っていた。戦乱の北支と内蒙を旅して感じたことは、日支事変にたいする本質的な矛盾と疑問だった。ことに驚かされたのはいたるところの戦場に奮戦する中国軍の頑強さと抗日思想の激しさであった。それに比較して日本軍幹部の堕落と、兵の素質の低下は全く意外であった。もちろん、まだ全般的にはそうではなかったが、特務機関とか謀略参謀の職責にある人々の日常は、皇軍の崇高な精神をまったく忘却したものであった。機密費の乱費、酒と女、こうした暗い影が占領地都市のいたるところにみられた。
自分は日本を発つ前に外務省情報部長河相達夫氏を訪ねて、外地を旅するに必要な援助と注意を受けたが、そのとき河相氏が数枚の写真を見せて「これが天皇の軍隊がすることだろうか」と言って憤慨していたが、それは現地にある日本軍が中国の婦女に暴行を加えている、みるに堪えぬ写真であった。そのとき、ふと、これは中国政府が民衆に抗日思想を宣伝するためのトリックではなかろうかと疑ったが、いろいろなできごとに直面してみると、この写真は真実であることを肯定せざるを得なかった。
これは メッセージ 14963 (uglyuglyjap さん)への返信です.
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