>文章を読んで感想文を書け
投稿者: wangjunhe720 投稿日時: 2004/10/26 00:19 投稿番号: [14036 / 21882]
twaptng君、
お薦めの論文を拝読いたしました。
この論文の研究テーマに上った地域は、実は僕の故郷に近い所です。僕の故郷は普通は「関中」と言い、また「渭北」とも言います。
>「陝北農村の貧困構造と治山治水」 というのですから、正確にいうと延安辺りかな?
この地域は、昔そんなに貧しい所ではなかったよ。昔と言ってもそんな遠い昔ではなく、50年ぐらい前まで、貧しい所ではない。延安辺りも含め、それほどでもなかったと思います。なぜかというと、糧食が取れる場所。毛澤東があれだけの軍隊を連れてきても養え、更に強大なペースを作った場所だから。
僕はいつも自慢の故郷ですけど、あの、『和漢朗詠集』や藤原定家の『松浦宮物語』、つまり日本では平安時代から中世の鎌倉時代に掛けて、日本の歌人、私人にもよく知られ、夢見た景色の美しい場所です。
で、正題に戻りますけど、この論文は「歴史的構造」という言葉を使い、論を展開されたわけですよね。つまり広大な中国の農村地域、それには現在の政策による失敗もあるが、その政策がまず「歴史的構造」の負に直面しなければなりません。
僕は今日、お昼頃書いたけど、すべてが均等的に発展することは不可能だと、すべての地域に対して均等的な工業化を要求することは、果たしていいのかと?なぜこういう言い方をするのかというと、中国の東の沿海地方が果たしてきた事跡、結果を、そのまま違う地域に求めるのは良くない、という意味です。
沿海地方で出来たこと、所謂裕福になった今の結果、そのまま私の故郷のような場所、乃至西南の四川、貴州、或いは西北の少数民族地域に求めることは多分無理。自然条件の制限があるからです。
これは地域格差の由来です。直接の由来と言いましょう。では、その地域に相応しい発展策とは何か?どのようにすれば、こうした貧しい地域の人々を脱貧できるのだろうか?
答えはその地域の人々が自ら見出すしかありません。共産党政府は元々経験なし、その上、前述論文の指摘された通り、広大な農村地域の建設を軽視した。これは当然許されない思想問題です。
つまり政策の失敗どころか、ありもしない政策はどうやっていい結果を生まれるのだろうか?とう小平の「先富論」のつけです。要は大都市及びその周辺、沿海地域を裕福に導いたが、残った農村地域に対してはなすスベがなかった。
僕は隅々まで開発し、工業化して裕福になろうという政策というか、その考え方に大反対です。環境破壊になるからです。事実無理に開発して環境を破壊した例が無数にあった。
楽観視してはいけないが、その地域に相応しい致富策はその内見付るだろうと思います。それを達成するのは、教育と忍耐です。
欲張って東南地域並の富を積むことをやめ、自分の限度はどこにあるのか?つまりその不足分を考えて足せば良いわけです。
いまはそれしかないじゃないかと、僕は思うのですけど。いつも日本や台湾の事情と比べがちですが、それはどうかな?
元々人口が多いし、教育もついていなかったので、短期間にどうやって金持ちになれるのか?農村経済、教育の軽視は悪政が原因だと言いたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昔から神話の地ですから、もう一度、藤原定家が夢の中に、尋ねて来ても喜ぶような地ーー僕の故郷になってほしいですね。
問はばやな それかとにほふ 梅が香に ふたたび見えぬ 夢の直路を
そういう定家筆下の主人公氏忠の歌だよ。場所は僕の故郷と言ってもさして誇張とはいえないだろう?
・・・・・
以上、それらしいご批判も、突込みでもどうぞ。待っていますからね。
だけどな、断って置きましょう。今度またわけのわからん返事をしでかしてくれたら、容赦しないぞ。
お薦めの論文を拝読いたしました。
この論文の研究テーマに上った地域は、実は僕の故郷に近い所です。僕の故郷は普通は「関中」と言い、また「渭北」とも言います。
>「陝北農村の貧困構造と治山治水」 というのですから、正確にいうと延安辺りかな?
この地域は、昔そんなに貧しい所ではなかったよ。昔と言ってもそんな遠い昔ではなく、50年ぐらい前まで、貧しい所ではない。延安辺りも含め、それほどでもなかったと思います。なぜかというと、糧食が取れる場所。毛澤東があれだけの軍隊を連れてきても養え、更に強大なペースを作った場所だから。
僕はいつも自慢の故郷ですけど、あの、『和漢朗詠集』や藤原定家の『松浦宮物語』、つまり日本では平安時代から中世の鎌倉時代に掛けて、日本の歌人、私人にもよく知られ、夢見た景色の美しい場所です。
で、正題に戻りますけど、この論文は「歴史的構造」という言葉を使い、論を展開されたわけですよね。つまり広大な中国の農村地域、それには現在の政策による失敗もあるが、その政策がまず「歴史的構造」の負に直面しなければなりません。
僕は今日、お昼頃書いたけど、すべてが均等的に発展することは不可能だと、すべての地域に対して均等的な工業化を要求することは、果たしていいのかと?なぜこういう言い方をするのかというと、中国の東の沿海地方が果たしてきた事跡、結果を、そのまま違う地域に求めるのは良くない、という意味です。
沿海地方で出来たこと、所謂裕福になった今の結果、そのまま私の故郷のような場所、乃至西南の四川、貴州、或いは西北の少数民族地域に求めることは多分無理。自然条件の制限があるからです。
これは地域格差の由来です。直接の由来と言いましょう。では、その地域に相応しい発展策とは何か?どのようにすれば、こうした貧しい地域の人々を脱貧できるのだろうか?
答えはその地域の人々が自ら見出すしかありません。共産党政府は元々経験なし、その上、前述論文の指摘された通り、広大な農村地域の建設を軽視した。これは当然許されない思想問題です。
つまり政策の失敗どころか、ありもしない政策はどうやっていい結果を生まれるのだろうか?とう小平の「先富論」のつけです。要は大都市及びその周辺、沿海地域を裕福に導いたが、残った農村地域に対してはなすスベがなかった。
僕は隅々まで開発し、工業化して裕福になろうという政策というか、その考え方に大反対です。環境破壊になるからです。事実無理に開発して環境を破壊した例が無数にあった。
楽観視してはいけないが、その地域に相応しい致富策はその内見付るだろうと思います。それを達成するのは、教育と忍耐です。
欲張って東南地域並の富を積むことをやめ、自分の限度はどこにあるのか?つまりその不足分を考えて足せば良いわけです。
いまはそれしかないじゃないかと、僕は思うのですけど。いつも日本や台湾の事情と比べがちですが、それはどうかな?
元々人口が多いし、教育もついていなかったので、短期間にどうやって金持ちになれるのか?農村経済、教育の軽視は悪政が原因だと言いたい。
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昔から神話の地ですから、もう一度、藤原定家が夢の中に、尋ねて来ても喜ぶような地ーー僕の故郷になってほしいですね。
問はばやな それかとにほふ 梅が香に ふたたび見えぬ 夢の直路を
そういう定家筆下の主人公氏忠の歌だよ。場所は僕の故郷と言ってもさして誇張とはいえないだろう?
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以上、それらしいご批判も、突込みでもどうぞ。待っていますからね。
だけどな、断って置きましょう。今度またわけのわからん返事をしでかしてくれたら、容赦しないぞ。
これは メッセージ 14020 (twaptng さん)への返信です.