人種差別
投稿者: live_in_nippon 投稿日時: 2004/10/03 17:01 投稿番号: [13664 / 21882]
遼東半島に居座ったロシアは、着々と南下政策を進めていました。
イギリスはロシアが南下すると、支那での自国の利益が脅かされる為、日本と「日英同盟」を結びました。
日本はこの後ろ盾でロシアと戦い、そして勝利しました。
初めて有色人種が白色人種に勝った戦争でもありました。
この日本の勝利に、アジアは狂喜しました。
「中国建国の父」と言われた孫文は
「この日本の勝利は全アジアに影響を及ぼし、アジア全体の民族は歓喜し、そして大いなる野望を抱くに至った」と語りました。
日本がバルチック艦隊を破った時、孫文はロンドンにいました。
同盟国日本がロシアを破った事を、イギリス人は喜んでいるだろうと思いながら。
しかし、その日のロンドンは静まり返り、まるで通夜のようだったと…
白人は、有色人種から略奪を繰り返しながらも、有色人種を恐れてもいたのです。
19世紀末から西欧では「黄禍論」が唱えられ、最初は人口の多い支那人に対して向けられていた矛先は、日露戦争以降、日本へ向けられる事となったのです。
アメリカでも当初、安価な労働力として歓迎された支那人の移民も、
(1870年には6万3千人、カリフォルニアでは人口の1/6が支那人だった)
19世紀に入り、ヒステリックな支那人排斥運動が起こり虐殺も発生、そして支那人の移民を完全に禁止しました。
この後に日本人移民が始まりました。
…ただで済むはずがありません。
続く
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