コーランの無謬性
投稿者: live_in_nippon 投稿日時: 2004/09/25 14:36 投稿番号: [13383 / 21882]
元々、「原理主義」と言う言葉は
アメリカのプロテスタントのリベラル派が
聖書を好き勝手に解釈した事に対して、保守派が「聖書の原点に回帰しよう」と起した運動です。
コーランはアラビア語で書かれた物しかコーランではなく、
一字一句違った解釈が認められていない。
「コーランの無謬性」です。
つまり、イスラム教は全て「原理主義」なのです。
よく、国家の枠組みを取り払い、世界国家(或いはアジア国家)を目指そう等と述べる人がいますが、
これだけ習慣や風俗が違う状態で、最終的なところ迄、お互いに相容れる事が出来るのか…
そう考えると、「公共性」と言うのは「国家」単位が限界だと言えるでしょう。
まぁ、それでも友好は必要なんですが…
武力衝突での戦争もそうですが、テロを防ぐ為に一番大事なのは
「情報戦」です。
米国のCIA、イスラエルのモサドに匹敵する諜報機関も必要になってくるでしょう。
当然、法改正を行い、「スパイ防止法」を制定しなければなりません。
伝統的に日本は情報戦を嫌い、と言うか
「そんな汚いこと出来るか」と言う風潮が存在すると思います。
ですが、相手はそんな「汚い」事をやってくる可能性がある訳ですから、当然備えなければなりませんね。
現在のテロリズムは、米国のグローバリズムが生んだ産物なのは歴然ですから
日本はどの程度米国と足並みを揃えるつもりなのか、
もう一度考え直す岐路に差し掛かっているのではないでしょうか。
最近は低俗な投稿をする人間が出てきて、喋る気が失せてましたが
やっと本来の流れになってきましたね(笑
これは メッセージ 13379 (sin1945jp さん)への返信です.
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