yayagoodjp殿
投稿者: live_in_nippon 投稿日時: 2004/09/07 20:04 投稿番号: [12644 / 21882]
>出張で返信が遅くなりました。
お忙しい中の御返信、ありがとうございます。
全般的に反論したいのですが、特に必要だと感じる部分のみ反論致します。
>>こちらが、右であろうが左であろうが、危険な国なんです
>まるで信念のような響きですね(苦笑)。
>関係は相互に影響し合って生まれる相対的なものであり、
>日本がどうなろうが、中国は危険だ、という見方には驚きを禁じ得ません。
共産党一党独裁の状態で、「中国はこちらの出方によっては安全」と断じる貴方の御意見に驚きを禁じえません。
>どんなに暴力的な相手でもその人と仲良くしている限り、危険ではありません。
>どんなに平和的な相手でも険悪な仲になれば、武力が幅を利かすかもしれません。
>その相手が危険であるかどうかは、あくまでも自分との関係によって生まれるものです。
ではその「暴力的な相手」の気が変わったらどうなるのですか?
こちらの対応だけで、相手をコントロール出来ると考えている貴方は、
「歴史」や「世界」をみて御発言されてるのですか?
チベットは、非暴力で中華人民共和国に対応しました。
その結果、「民族浄化」されている訳です。
>軍隊や戦争に関して、先の大戦で日本が得た教訓は何だったのか、
>その経験を忘れないことが戦争を二度としないことの唯一の道だと思います。
結局、貴方が言わんとするところは、
「羹に懲りて膾を吹く」の域を出ていないように思えます。
私が(恐縮ですが)先の戦争から学んだことは、
「戦争に負けると、戦勝国に好きなように(思想含め)蹂躙されてしまう」と言う事です。
>驚きました。政教分離の原則が何故生まれたのか、その歴史的な認識があまりに薄い。
>宗教が葬祭に要るかどうかなどの問題ではないでしょう?
>政教分離ということが本当にお分かりなのでしょうか。
>このような意見に出逢うと、人間というのは歴史から学ばない生き物なのだとつくづく感じます。
言わんとする事は、「日本の宗教観が戦争に利用された」という事でしょうか?
宗教観というのは、別に「信仰」だけでなく大昔から続く伝統や習慣に裏打ちされたものです。
何千年も続いたそれらを、ただ一度の敗戦によって「あれは間違いだった」と論ずる貴方は歴史に学んでいるのですか?
世界を見回して下さい。
仏教、イスラム教、キリスト教、ヒンドゥー教、
それらは大多数の国で政治に取り入れられています。
日本だけ違うのですか?
>>>そもそも靖国は日本の伝統的な神道の考えとは逸脱しているという意見があるのをご存じですか?
>>>中曽根の靖国懇をお読みになりましたか?
>>「その様な意見があることは存じてます」
>>「靖国懇は読んでおります」 これで宜しいですか?
>ではそこから何を学びましたか? もしあるなら反論は? 読んでいるって本当?
>と呆れ気味に問いかけたいところですが、もう止めましょうか。
>伝統だの国を愛するなどという割には、コメントもなくて、がっかりです。
あまりにも長くなりそうだったので、割愛したのが悪かったようですね。
では、私の見解を述べます。
所謂、「国歌神道」と「神道」の間に乖離があるという意見があることは承知しております。
「国歌神道」が国の為に亡くなった人を祀るということに対して、それだけでは
神道の枠内に収まらないと言う意見です。
ですが、どちらも背景にあるのは、
「死霊の鎮魂、つまり怨霊神を祀ることによって守護神になって頂くよう慰霊し、人々の平和と社会の安寧を実現していこう」です。
両者にこの背景がある限り、国家神道が伝統に背いていると考えるのは違うのでは?
と私は思っております。宜しいですか?
>そもそもが自国の憲法をないがしろにするものであって、
>法治国家のイロハを無視した行為であるにもかかわらず、
>その重大性を認識できないことこそ問題だというのに。
ですから、合法的に憲法改正しようと私は申しております。
…
ここまで書いていて思ったのですが、
結局、貴方は印象操作に終始しているのではないですか?
>日本の右傾化を、貴兄の投稿を通してあらためて感じました
このような捨てゼリフにも。
貴方の提唱する形態の「平和」が
中華人民共和国のチベット侵攻に免罪符を与えているのではないかと考えてみて下さい。
それと、掲示板で発言する以上は、誰かから反対意見が出る
お忙しい中の御返信、ありがとうございます。
全般的に反論したいのですが、特に必要だと感じる部分のみ反論致します。
>>こちらが、右であろうが左であろうが、危険な国なんです
>まるで信念のような響きですね(苦笑)。
>関係は相互に影響し合って生まれる相対的なものであり、
>日本がどうなろうが、中国は危険だ、という見方には驚きを禁じ得ません。
共産党一党独裁の状態で、「中国はこちらの出方によっては安全」と断じる貴方の御意見に驚きを禁じえません。
>どんなに暴力的な相手でもその人と仲良くしている限り、危険ではありません。
>どんなに平和的な相手でも険悪な仲になれば、武力が幅を利かすかもしれません。
>その相手が危険であるかどうかは、あくまでも自分との関係によって生まれるものです。
ではその「暴力的な相手」の気が変わったらどうなるのですか?
こちらの対応だけで、相手をコントロール出来ると考えている貴方は、
「歴史」や「世界」をみて御発言されてるのですか?
チベットは、非暴力で中華人民共和国に対応しました。
その結果、「民族浄化」されている訳です。
>軍隊や戦争に関して、先の大戦で日本が得た教訓は何だったのか、
>その経験を忘れないことが戦争を二度としないことの唯一の道だと思います。
結局、貴方が言わんとするところは、
「羹に懲りて膾を吹く」の域を出ていないように思えます。
私が(恐縮ですが)先の戦争から学んだことは、
「戦争に負けると、戦勝国に好きなように(思想含め)蹂躙されてしまう」と言う事です。
>驚きました。政教分離の原則が何故生まれたのか、その歴史的な認識があまりに薄い。
>宗教が葬祭に要るかどうかなどの問題ではないでしょう?
>政教分離ということが本当にお分かりなのでしょうか。
>このような意見に出逢うと、人間というのは歴史から学ばない生き物なのだとつくづく感じます。
言わんとする事は、「日本の宗教観が戦争に利用された」という事でしょうか?
宗教観というのは、別に「信仰」だけでなく大昔から続く伝統や習慣に裏打ちされたものです。
何千年も続いたそれらを、ただ一度の敗戦によって「あれは間違いだった」と論ずる貴方は歴史に学んでいるのですか?
世界を見回して下さい。
仏教、イスラム教、キリスト教、ヒンドゥー教、
それらは大多数の国で政治に取り入れられています。
日本だけ違うのですか?
>>>そもそも靖国は日本の伝統的な神道の考えとは逸脱しているという意見があるのをご存じですか?
>>>中曽根の靖国懇をお読みになりましたか?
>>「その様な意見があることは存じてます」
>>「靖国懇は読んでおります」 これで宜しいですか?
>ではそこから何を学びましたか? もしあるなら反論は? 読んでいるって本当?
>と呆れ気味に問いかけたいところですが、もう止めましょうか。
>伝統だの国を愛するなどという割には、コメントもなくて、がっかりです。
あまりにも長くなりそうだったので、割愛したのが悪かったようですね。
では、私の見解を述べます。
所謂、「国歌神道」と「神道」の間に乖離があるという意見があることは承知しております。
「国歌神道」が国の為に亡くなった人を祀るということに対して、それだけでは
神道の枠内に収まらないと言う意見です。
ですが、どちらも背景にあるのは、
「死霊の鎮魂、つまり怨霊神を祀ることによって守護神になって頂くよう慰霊し、人々の平和と社会の安寧を実現していこう」です。
両者にこの背景がある限り、国家神道が伝統に背いていると考えるのは違うのでは?
と私は思っております。宜しいですか?
>そもそもが自国の憲法をないがしろにするものであって、
>法治国家のイロハを無視した行為であるにもかかわらず、
>その重大性を認識できないことこそ問題だというのに。
ですから、合法的に憲法改正しようと私は申しております。
…
ここまで書いていて思ったのですが、
結局、貴方は印象操作に終始しているのではないですか?
>日本の右傾化を、貴兄の投稿を通してあらためて感じました
このような捨てゼリフにも。
貴方の提唱する形態の「平和」が
中華人民共和国のチベット侵攻に免罪符を与えているのではないかと考えてみて下さい。
それと、掲示板で発言する以上は、誰かから反対意見が出る
これは メッセージ 12582 (yayagoodjp さん)への返信です.