教員は、公僕では?
投稿者: yuukousokusin 投稿日時: 2004/09/03 21:04 投稿番号: [12457 / 21882]
久しぶりに、このページを覘きました。最新の数人のご意見しか読んでいないのですが、素朴な疑問が沸きました。私は、自称
中庸な平凡な国民の一人だと思っている訳ですが、戦争への道だけは、極力避けなければと思っています。
そこで、左翼系の人達とは、その点では一致する訳ですが、学校での教員が、日の丸や君が代問題で、「国歌斉唱」の時に立たなかったり、歌わなかったりするのは、思想信条の自由が損なわれる事になるのでしょうか?実際の現場で子供たちだけがやっていればいいのですか?その構図は、私には納得いきません。教員の立場は、公僕なのではありませんか?
確かに戦前の教育の反省の元に、「二度と教え子を戦場に送るな」の合言葉で、全体主義や国家主義の教育に逆行していこうとした真意は頷けますが・・・時代はすっかり変わってきました。かえって個人主義がはびこり、規律も道徳や倫理も薄れて学校が荒廃していく流れを作っていく一因になったのではないのですか?
「命の大切さ」を一番に教えていかなければならないのに、身をもっての行いが、お手本になっているのでしょうか?政治色を教育の場に持ち込んでいるのではないのでしょうか?そんな疑問がふつふつと沸きあがってきました。日本国内の共産党系の言行が、中国の共産党に利用され、サッカー・アジアカップの結果にも繋がっていると私は思っておりますが・・・。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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