>戦争は国(民)ではなくて政権を守る戦い
投稿者: live_in_nippon 投稿日時: 2004/09/02 20:06 投稿番号: [12391 / 21882]
>平時では国とは、貴殿の言われる通り、国民を含むものかもしれません。
>しかし国と国との葛藤や対立が生まれるときには、国民と国民の争いではなくて、
>その時のその政府同士の対立です。
良く解らないのですけど、同じ「国民」を含む「国」が、何故非常時になると、
魔法に掛かったように「国」と「国」の対立になるのですか?
戦争は「国」ではなく「国民」が望むからではないのですか?
>国民は政府の情報を信じ、時に踊らされ、実際には見たことも接したこともない相手を鬼か畜生のように思わされ、
>殺人を肯定する教育を受けて、戦場で相手とまみえます。
>国を守るためにとか、国益を守るためと政府がいうときには、
>それはしばしば政権を守るということと同義であって、
>用心しなければとんでもない目にあうと私は思います。
情報が或いは遮断された状態なら、有り得なくも無いと思いますけど。
貴方は、
国=政府
国→支配→国民
このような図式を元に論理を展開してるようですが、私には前近代的な発想に思えます。
>>で、「国民」を守るのは誰ですか?
「自衛隊」ですか?
>これまでの私の投稿でご理解頂けないのが残念です。
>それは絶対に軍隊ではありません。
>まともな政治と平和的外交努力が国民を守るものと思っています。
失礼ですが、こんな事言うのは「平和」の本質を理解してない人だけだと思います。
世界は凶暴な獣です。
握手と笑顔だけでは渡っていけないのです。
これは、外交努力を放棄せよと言ってる訳ではありませよ。
何度も言いますが、私は戦争は極力回避すべきだと思ってますし、軍国主義の復活にも反対ですから。
しかし、
「まともな政治と平和的外交」で相手が攻撃を加えてきたり侵略して来た場合は、黙ってれば良いのですか?
武力を持たない為に滅んだり、酷い目にあってる国が世界にどれだけあると思ってるのですか?
外交と武力は相反するものではありません。
両立させなければならないのです。
>>御存知のように、日本は輸入大国。
例えば、その「まとも」じゃない国にシーレーンを握られると、杞憂が杞憂でなくなると思うのですが。
>どこの国がそのようなことをする可能性がありますか?
>そのメリットは何ですか?
>私にはそのような考えが冗談のように思えて仕方がありません。
本気で言ってるのですか?
例えば貴方は、チベット侵攻・魚釣島・台湾・高句麗問題
それらをどのように考えてますか?
>>私が命より大事だと思ってるのは
「家族」であり
「郷土」であり
「伝統」であり
「誇り」であり
>それらすべて命がなければ、愛することができません。
>だから命がもっとも大切だと私は思っています。
>それから自分のために家族の誰かが戦争で命を落とすことを私は良しとしません。
>また自分の郷土のために郷土の誰かが命を犠牲にすることを良しとしません。
それは私もそうしたくないからです。
「命」を守る為に、戦う必要は無いのでか?
「命」は失わない事が至上なのでなく、守る事が至上なのでは?
>ところが為政者は、自分はいつも安全なところにいて、血の一滴も流さずに戦争を決めます。
>ブッシュや小泉総理がいい例ではないですか。
>私はそういう欺瞞を許せないし、戦争が本当に必要なら率先して戦場に赴き、命を落とす覚悟をみせよと言いたい。
>その意味で、ブッシュが姑息な手を使って自らがベトナムへ行くことを回避したことや
>アメリカの国会議員の中で子どもをイラクへ派兵している人はたった一人であることの
>欺瞞性を訴えたかったのです。
>戦争に向かう時の為政者の「国益を守る」という言葉を信じてはいけない、
>それが日本人が学んできた教訓だと考えますし、
>先の大戦の犠牲者の命を無駄にしないことにつながると思っています。
一部、同意出来る点もあるのですけど
例えば、戦争において司令官が倒れたとします。
司令官が倒れるのと、一兵卒が倒れるのでは戦局に多大な違いがあるのは解りますよね?
「一兵卒の命を軽ろんぜよ」
と言ってる訳ではありません。
それに、貴方の主張を要約すると
「為政者は常に信頼に足らない」という事になりますよ。
私が貴方の主張を「前近代的」と言ったのはその点です。
どの為政者(政治家)も信頼に足らないのですか?
>しかし国と国との葛藤や対立が生まれるときには、国民と国民の争いではなくて、
>その時のその政府同士の対立です。
良く解らないのですけど、同じ「国民」を含む「国」が、何故非常時になると、
魔法に掛かったように「国」と「国」の対立になるのですか?
戦争は「国」ではなく「国民」が望むからではないのですか?
>国民は政府の情報を信じ、時に踊らされ、実際には見たことも接したこともない相手を鬼か畜生のように思わされ、
>殺人を肯定する教育を受けて、戦場で相手とまみえます。
>国を守るためにとか、国益を守るためと政府がいうときには、
>それはしばしば政権を守るということと同義であって、
>用心しなければとんでもない目にあうと私は思います。
情報が或いは遮断された状態なら、有り得なくも無いと思いますけど。
貴方は、
国=政府
国→支配→国民
このような図式を元に論理を展開してるようですが、私には前近代的な発想に思えます。
>>で、「国民」を守るのは誰ですか?
「自衛隊」ですか?
>これまでの私の投稿でご理解頂けないのが残念です。
>それは絶対に軍隊ではありません。
>まともな政治と平和的外交努力が国民を守るものと思っています。
失礼ですが、こんな事言うのは「平和」の本質を理解してない人だけだと思います。
世界は凶暴な獣です。
握手と笑顔だけでは渡っていけないのです。
これは、外交努力を放棄せよと言ってる訳ではありませよ。
何度も言いますが、私は戦争は極力回避すべきだと思ってますし、軍国主義の復活にも反対ですから。
しかし、
「まともな政治と平和的外交」で相手が攻撃を加えてきたり侵略して来た場合は、黙ってれば良いのですか?
武力を持たない為に滅んだり、酷い目にあってる国が世界にどれだけあると思ってるのですか?
外交と武力は相反するものではありません。
両立させなければならないのです。
>>御存知のように、日本は輸入大国。
例えば、その「まとも」じゃない国にシーレーンを握られると、杞憂が杞憂でなくなると思うのですが。
>どこの国がそのようなことをする可能性がありますか?
>そのメリットは何ですか?
>私にはそのような考えが冗談のように思えて仕方がありません。
本気で言ってるのですか?
例えば貴方は、チベット侵攻・魚釣島・台湾・高句麗問題
それらをどのように考えてますか?
>>私が命より大事だと思ってるのは
「家族」であり
「郷土」であり
「伝統」であり
「誇り」であり
>それらすべて命がなければ、愛することができません。
>だから命がもっとも大切だと私は思っています。
>それから自分のために家族の誰かが戦争で命を落とすことを私は良しとしません。
>また自分の郷土のために郷土の誰かが命を犠牲にすることを良しとしません。
それは私もそうしたくないからです。
「命」を守る為に、戦う必要は無いのでか?
「命」は失わない事が至上なのでなく、守る事が至上なのでは?
>ところが為政者は、自分はいつも安全なところにいて、血の一滴も流さずに戦争を決めます。
>ブッシュや小泉総理がいい例ではないですか。
>私はそういう欺瞞を許せないし、戦争が本当に必要なら率先して戦場に赴き、命を落とす覚悟をみせよと言いたい。
>その意味で、ブッシュが姑息な手を使って自らがベトナムへ行くことを回避したことや
>アメリカの国会議員の中で子どもをイラクへ派兵している人はたった一人であることの
>欺瞞性を訴えたかったのです。
>戦争に向かう時の為政者の「国益を守る」という言葉を信じてはいけない、
>それが日本人が学んできた教訓だと考えますし、
>先の大戦の犠牲者の命を無駄にしないことにつながると思っています。
一部、同意出来る点もあるのですけど
例えば、戦争において司令官が倒れたとします。
司令官が倒れるのと、一兵卒が倒れるのでは戦局に多大な違いがあるのは解りますよね?
「一兵卒の命を軽ろんぜよ」
と言ってる訳ではありません。
それに、貴方の主張を要約すると
「為政者は常に信頼に足らない」という事になりますよ。
私が貴方の主張を「前近代的」と言ったのはその点です。
どの為政者(政治家)も信頼に足らないのですか?
これは メッセージ 12379 (yayagoodjp さん)への返信です.