sonfanさんへ
投稿者: kaspar47 投稿日時: 2003/11/08 17:57 投稿番号: [8210 / 44985]
主体思想への感想です。引用ばかりですが、私の性格ですのでお許し下さい。
「人間は環境や条件にただ順応するのではありません。人間は自らの自主的で創造的で意識的な活動を通じて自己の要求にそわないものはそうように改め、古くて反動的なものは新しくて進歩的なものに変えながら、自然と社会をたえず改造していきます。これが世界をいっそう人間に奉仕する世界に改造し変革していく人間の活動であり闘争であります。」
こういう絶対論は、構造主義が出て来て以来、かなり古めかしい考えになったと私は思います。
「人間は世界の主人であるため、当然人間の利益の見地から世界に対応すべきです。人間が世界を認識し改造するのは、世界のあらゆるものを人間に奉仕させるためであります。世界でもっとも貴いものは人間であり、世界には人間の利益以上に大切なものはありません。世界のすべての事物は人間に奉仕する限りにおいてのみ価値をもつものです。したがって人間のためによりりっぱに奉仕させる見地で世界に対応するのは、世界にたいするもっとも正し観点と立場であります。」
「世界でもっとも有力な存在は人間であり、世界を改造できるのは人間だけです。世界の改造を求め、世界の改造を実現するのもほかならぬ人間です。人間は客観的法則を応用し、自己の要求に応じて世界を能動的に改造していきます。世界は人間の積極的な活動によってのみ、人間のために世界をつくりかえられます。」
「歴史の発展にともない世界の主人としての人間の地位と役割は強まり、その自主的、創造的、意識的な闘争によって人間の意思に支配される世界の領域は日増しに拡大されています。現時代に至って人民大衆は世界に真の主人として登場し、その闘争によって世界はますます人民大衆に奉仕する世界に変わりつつあります。世界に主人としての人民大衆の地位と役割がかつてなく強まっている今日の現実は、人間があらゆるものの主人であり、すべてを決定するという主体の哲学的原理の正しさと生命力をより明白に立証しています。」
人間があらゆるものの主人である、という考えは承服できません。私の隣で眠っている猫を見ていると、そう感じます。この人間の横暴が金正日の考えの奥底にあるのだと、私は感じます。人民もそれぞれに横暴なのだ。
「人間は環境や条件にただ順応するのではありません。人間は自らの自主的で創造的で意識的な活動を通じて自己の要求にそわないものはそうように改め、古くて反動的なものは新しくて進歩的なものに変えながら、自然と社会をたえず改造していきます。これが世界をいっそう人間に奉仕する世界に改造し変革していく人間の活動であり闘争であります。」
こういう絶対論は、構造主義が出て来て以来、かなり古めかしい考えになったと私は思います。
「人間は世界の主人であるため、当然人間の利益の見地から世界に対応すべきです。人間が世界を認識し改造するのは、世界のあらゆるものを人間に奉仕させるためであります。世界でもっとも貴いものは人間であり、世界には人間の利益以上に大切なものはありません。世界のすべての事物は人間に奉仕する限りにおいてのみ価値をもつものです。したがって人間のためによりりっぱに奉仕させる見地で世界に対応するのは、世界にたいするもっとも正し観点と立場であります。」
「世界でもっとも有力な存在は人間であり、世界を改造できるのは人間だけです。世界の改造を求め、世界の改造を実現するのもほかならぬ人間です。人間は客観的法則を応用し、自己の要求に応じて世界を能動的に改造していきます。世界は人間の積極的な活動によってのみ、人間のために世界をつくりかえられます。」
「歴史の発展にともない世界の主人としての人間の地位と役割は強まり、その自主的、創造的、意識的な闘争によって人間の意思に支配される世界の領域は日増しに拡大されています。現時代に至って人民大衆は世界に真の主人として登場し、その闘争によって世界はますます人民大衆に奉仕する世界に変わりつつあります。世界に主人としての人民大衆の地位と役割がかつてなく強まっている今日の現実は、人間があらゆるものの主人であり、すべてを決定するという主体の哲学的原理の正しさと生命力をより明白に立証しています。」
人間があらゆるものの主人である、という考えは承服できません。私の隣で眠っている猫を見ていると、そう感じます。この人間の横暴が金正日の考えの奥底にあるのだと、私は感じます。人民もそれぞれに横暴なのだ。
これは メッセージ 8070 (sonfan512 さん)への返信です.
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