朝鮮土地調査事業
投稿者: shamisengai 投稿日時: 2003/10/19 01:51 投稿番号: [6935 / 44985]
特にくわしいというわけではありませんが、
朝鮮半島から移民が出るのを促したのは確かでしょう。
朝鮮土地調査事業は、土地と税制度の近代化のために行った
土地所有権と税対象の明確化の調査と認識しています。
日本でいえば、地租改正と同じようなものではと思いますが。
地租改正も所有があいまいな土地(入会地など)を国有地として接収していったそうです。
わが家のご先祖も国有地との境界争いで痛い目にあったそうですが、
明治時代当時はそのような話は全国各地にあったそうです。
地租改正の結果、小作や農地を手放す農民が増え、
それが日経移民の増大にもつながったようです。
旧満州への開拓団も生糸の暴落による不況が関係していました。
地租改正は、確かに日本を近代化させる上での重要な通過儀礼でした。
しかし、税制・土地所有制の近代化により
明治政府の財政基盤が強化された影で
多くの農民が、土地を国有地として奪われたり、
所有を認められた土地でも重い税に苦しんだりしたそうです。
また、接収した国有地の一部は有力者に払い下げられ、
買い受けた有力者はその地域の大地主になったそうです。
この構図は、官営工場の払い下げによる財閥の産業独占と似てますね。
ただ、ようやく封建体制が終わった明治の当時を
現代の感覚だけで判断するのは適切ではないと思います。
地租改正によって財政基盤を確立した
明治政府が押し進めた近代化政策で整備されたインフラがなければ
現代の日本の社会はあり得なかったでしょうし。
朝鮮土地調査事業でも、同様のことがあったそうです。
実際、土地を持てなかったり、小作化した人々の中から
日本や中国へ移住する人も多くいたようです。
日韓併合後、急速に近代化し、人口が増加した朝鮮半島では、
移民の数も急速に増えていったといえるでしょう。
朝鮮土地調査事業は、土地所有制度の確率という
近代化に不可欠な事業であったわけですが、
そのしわ寄せ、いま風にいえば「改革の痛み」を受けた人もいたでしょう。
日本の国有地同様、接収した土地の払い下げで
大地主となった日本人もいたそうです。
ただ、こちらも現代の感覚で評価するのは早計と思います。
本来朝鮮人の手で行われるべき、土地制度の改革を
日本人の主導で行ったのは事実ですが、
国際的に自国領と認められた地域に
自国式の改革を行ったということであって、
そこに存在した意図が、「収奪」と「民族の抹殺」の
一色であったわけではありません。
また、日本の移民が食い詰めた人々だけではなく、
大きな野心や希望を持って積極的に海外に出ていった人々も
少なくなかったように、朝鮮半島からも
積極的に新天地を求めて海外雄飛した
人々も多くいたと思います。
朝鮮半島から移民が出るのを促したのは確かでしょう。
朝鮮土地調査事業は、土地と税制度の近代化のために行った
土地所有権と税対象の明確化の調査と認識しています。
日本でいえば、地租改正と同じようなものではと思いますが。
地租改正も所有があいまいな土地(入会地など)を国有地として接収していったそうです。
わが家のご先祖も国有地との境界争いで痛い目にあったそうですが、
明治時代当時はそのような話は全国各地にあったそうです。
地租改正の結果、小作や農地を手放す農民が増え、
それが日経移民の増大にもつながったようです。
旧満州への開拓団も生糸の暴落による不況が関係していました。
地租改正は、確かに日本を近代化させる上での重要な通過儀礼でした。
しかし、税制・土地所有制の近代化により
明治政府の財政基盤が強化された影で
多くの農民が、土地を国有地として奪われたり、
所有を認められた土地でも重い税に苦しんだりしたそうです。
また、接収した国有地の一部は有力者に払い下げられ、
買い受けた有力者はその地域の大地主になったそうです。
この構図は、官営工場の払い下げによる財閥の産業独占と似てますね。
ただ、ようやく封建体制が終わった明治の当時を
現代の感覚だけで判断するのは適切ではないと思います。
地租改正によって財政基盤を確立した
明治政府が押し進めた近代化政策で整備されたインフラがなければ
現代の日本の社会はあり得なかったでしょうし。
朝鮮土地調査事業でも、同様のことがあったそうです。
実際、土地を持てなかったり、小作化した人々の中から
日本や中国へ移住する人も多くいたようです。
日韓併合後、急速に近代化し、人口が増加した朝鮮半島では、
移民の数も急速に増えていったといえるでしょう。
朝鮮土地調査事業は、土地所有制度の確率という
近代化に不可欠な事業であったわけですが、
そのしわ寄せ、いま風にいえば「改革の痛み」を受けた人もいたでしょう。
日本の国有地同様、接収した土地の払い下げで
大地主となった日本人もいたそうです。
ただ、こちらも現代の感覚で評価するのは早計と思います。
本来朝鮮人の手で行われるべき、土地制度の改革を
日本人の主導で行ったのは事実ですが、
国際的に自国領と認められた地域に
自国式の改革を行ったということであって、
そこに存在した意図が、「収奪」と「民族の抹殺」の
一色であったわけではありません。
また、日本の移民が食い詰めた人々だけではなく、
大きな野心や希望を持って積極的に海外に出ていった人々も
少なくなかったように、朝鮮半島からも
積極的に新天地を求めて海外雄飛した
人々も多くいたと思います。
これは メッセージ 6931 (nagoyan_2shiki さん)への返信です.
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