不思議
投稿者: einsatzgruppen3 投稿日時: 2003/09/22 11:32 投稿番号: [4953 / 44985]
疑問がある
壬辰・丁酉の倭乱
しかし、こうした安定を打ち破る突発的な不幸が朝鮮を襲った。壬辰・丁酉の倭乱(文禄・慶長の役、1592〜98)である。豊臣秀吉軍の前に朝鮮軍は一時は総崩れとなったが、その後、明からの救援や義兵によるゲリラ闘争などで持ちこたえ、最終的には李舜臣(イ・スンシン)将軍率いる水軍の活躍などで防衛に成功した。辛うじて戦果を収めたものの国土は全土にわたって荒廃した。続く 丁卯・丙子の胡乱(清軍の進入、1627〜37)によっても混乱は倍加され、その後の社会に暗い影を落として行く。
17〜18世紀は、中央集権体制の動揺と新たな秩序の構築を求める社会全般の動きが並行して展開された。政府内部では官僚同士の派閥抗争(党争)が絶え間なく展開される一方で、実学思想など、前時代には見られない新思潮が登場し社会に清新な風を送り込んだ。
たしかに全土が荒廃したのはわかる。
しかし、その荒廃が300年も続くものなのだろうか。
日本は太平洋戦争で荒廃したが立ち直るのに30年を必要としなかった。
戦国時代も同様。
どうも朝鮮の暗黒はその300年間に何があったのかがカギなのだろう。
そのことについて触れている資料をさがそうと考えている。
なにかあったのだ。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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