どこかおかしい
投稿者: trustx1jp 投稿日時: 2003/09/07 08:16 投稿番号: [3850 / 44985]
あなたの主張とわたしのかんがえは共通する部分がおおい
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ただし、この掲示板では、ほとんどそれにふれなかった。「対日批判、ええかげんにせえ」以外
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-が、
それはひとまずおいといて、
ヨーロッパ等の見解が、日韓併合を合法とするのは当然です。
ヨーロッパの国々が、かつてアジア諸国を植民地化した時、
「保護国化」の名目で、外交権等をつぎつぎに奪っていったのですから。
それとおなじことを「日韓併合」前後の日本もやってました。
それは、当時のヨーロッパの植民地主義をまねた結果だったのですが、
韓国側の君主に「譲国」の詔書をださせた、というあたりは、
古来から繰り返された、「禅譲」という名の政権簒奪にほかなりません。
ブリタニカ 国際百科事典によれば、
「併合」調印の日に、日本政府はソウルに軍隊を集結し、約30メートルおきに憲兵がうろついて、
立ち話する人間たちをかたっぱしから尋問したというから、
およそ平和友好的なふんいきではなかったわけです。
話はすこしかわりますが、それとそっくりそのままの光景を
どこかでみましたね?
天安門事件以降の中国です。
天安門事件が起こって、
訒小平が、屏風みたいに起立した軍人達を前に、「反乱」鎮圧を宣言した時、
正直、コンナ国は滅びてしまえ、と憎んだものです。
ところが、それから十数年たって、私は今、中国人の嫁さんと暮らしています(笑)。
聞けば、抗日時代を生きた彼女の母親は、
最初私たちの結婚に大反対したそうですが、
話が進んで、私が中国をおとづれた時は、
笑顔で私をむかえてくれました。
なんのかげりもないその笑顔に、私は、ああ、これが大人の対応なんだなあと、
わが身の小ささにひきくらべて感心しました。
そのあと、私の親とおばといっしょに嫁さんのお里を訪問したとき、
むこうの家族は親戚総出で歓迎してくれました。
私の母親と、おばは、旧満州の引揚者です。
そして、嫁さんのお里というのは、
昔の奉天、つまり、今の瀋陽です。
それはひとまずおいといて、
ヨーロッパ等の見解が、日韓併合を合法とするのは当然です。
ヨーロッパの国々が、かつてアジア諸国を植民地化した時、
「保護国化」の名目で、外交権等をつぎつぎに奪っていったのですから。
それとおなじことを「日韓併合」前後の日本もやってました。
それは、当時のヨーロッパの植民地主義をまねた結果だったのですが、
韓国側の君主に「譲国」の詔書をださせた、というあたりは、
古来から繰り返された、「禅譲」という名の政権簒奪にほかなりません。
ブリタニカ 国際百科事典によれば、
「併合」調印の日に、日本政府はソウルに軍隊を集結し、約30メートルおきに憲兵がうろついて、
立ち話する人間たちをかたっぱしから尋問したというから、
およそ平和友好的なふんいきではなかったわけです。
話はすこしかわりますが、それとそっくりそのままの光景を
どこかでみましたね?
天安門事件以降の中国です。
天安門事件が起こって、
訒小平が、屏風みたいに起立した軍人達を前に、「反乱」鎮圧を宣言した時、
正直、コンナ国は滅びてしまえ、と憎んだものです。
ところが、それから十数年たって、私は今、中国人の嫁さんと暮らしています(笑)。
聞けば、抗日時代を生きた彼女の母親は、
最初私たちの結婚に大反対したそうですが、
話が進んで、私が中国をおとづれた時は、
笑顔で私をむかえてくれました。
なんのかげりもないその笑顔に、私は、ああ、これが大人の対応なんだなあと、
わが身の小ささにひきくらべて感心しました。
そのあと、私の親とおばといっしょに嫁さんのお里を訪問したとき、
むこうの家族は親戚総出で歓迎してくれました。
私の母親と、おばは、旧満州の引揚者です。
そして、嫁さんのお里というのは、
昔の奉天、つまり、今の瀋陽です。
これは メッセージ 3847 (moon_over_moscow2001 さん)への返信です.
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