神道と一神教と愛欲との間で…
投稿者: chonmage_johney 投稿日時: 2006/07/21 19:41 投稿番号: [36872 / 44985]
こんばんは。
白露山の大銀杏の如き儚さを持つ女性も好きな、丁髷ジョニーです。
格言はあとで…。
>>「なり合わぬところが・・・。なり余ったところが・・・」<<
>たしかのそのクダリから、「では うめましょう」と
いとも簡単にインサートするのですよね。
当然「おい!愛撫なしかよ!」という突っ込みは禁句なのですね。
さらに「花弁」とか「マグマのよう」等の表現も禁止ですね?<
//当然、「そそりたつもの」、「ジュンとした」、「息子(ジュニア)」という表現もないと思います。あったとしたら、宇野鴻一郎先生が、タイムマシンに乗って、太安万侶や稗田阿礼らに指導したとしか思えません(笑)。
尚、総括は、昨夜のレスを参照して下さい。
>そうそう、ちなみに韓国ではスサノオの朝鮮渡来説があるそうで(笑 <
//出雲大社のH.Pには、「国引き神話」が紹介されております。それによると、「新羅のみ崎を引っ張った」とのこと。このことを指しているのでしょうか。人の褌で相撲を取るな。と叱りたいところです。
※ 出雲大社(国引き部)H.P
http://www.izumooyashiro.or.jp/kamigami/daikoku/index.html
>指摘の「一神教」と、日本のアニミズムである「神道」の
根本的な違いは「善悪」の定義だと思われます。
絶対的正義を以って「悪」と対峙する一神教と違い、神道には
その要素が極めて曖昧、ともすれば全肯定が本質です。
その神道的文化が日本人のアイデンティティーに大きく影響し、
受動的ではあるものの、異端も許容しようとする日本人の性質に
作用していると思われます。<
//ご存知の通り、神道には経典がありません(神道系の新興宗教は不明)。厳しい戒律が全くと言って良いほど存在しないのは、この為でしょう。対する、基督教やイスラム教は、絶対者との契約で信仰が成り立っていると見ます。契約ですから、それに含まれていないことを行ったり、違反の類には厳しい罰が待っています。となれば、ご指摘の通り、「悪」と対峙は論理的帰結でしょう。
全肯定。そうですね。全てを呑み込み、日本独自の形にしてしまう。これが、山本七平氏言うところの「日本教」のエッセンスなんでしょうか。
好例が、本地垂迹説でしょう。大日如来が天照大神の化身として現れたなんて、前述の宗教を崇拝している人にとって、そんな奇想天外なことは、「ニッポンジン、ワカラナーイ。チョーキモーイ」という評価に繋がるのも、むべなるかなですね。
(後に、反本地垂迹説も出てくるが…。)
ただ、契約以前の人間性とでも申しましょうか、について、日本人ほど、律儀で綺麗好きで礼儀正しい国民はいない。という評価も得ているようですから、宗教的原理・原則の無さを恥じ入ることは全くないと思います。
>一方近代民主主義と現在の国際秩序体制の中でも、全肯定は未だ
確立されることはなく、自らの正当性も以って利益確保に奔走、
むしろ他国との利害対立を認めています。
北方領土問題然り、竹島問題然り、ガス田問題然り。
好むと好まざるとに関わらず、現在の国際秩序体制の中で軍事を
含む外交、利権は認められたルールに則り且つ、最大限利用しなければ
それは亡国と同じです。<
//という訳で、もの凄く好意的に解釈すれば、左巻きメディアは、皇室と共産主義は両立可能(天皇を戴いた共産主義)という、さしずめ北一輝的な思想でも有しているのかな?とにかく、懸念の通り、全肯定は相手に付け込まれる危険を絶えず孕んでいますね。何せ、敵の存在を前提としていないのですから。
全肯定を国際秩序にしたいのなら、極論ですが、国連の常任理事国相手に、もう一度、戦争をして、物理的に勝つしかない(笑)。
それはともかく、国際社会は魑魅魍魎どもが、夜の女の如く甘い言葉で暗がりに誘うような舞台だということを肝に銘じて欲しいですね。八岐大蛇を退治した日本武尊のような知略を参考にすると良いと思います。てことは、さっさと酔い潰せってか(笑)。
===============
「両性具有」で、今宵は女性の対場から…
☆『別れた女なら使用済みでしょ』
【アルバム『見て』収録・「別れた女」より。/S63・森高千里。作詞も】
・・・当時、彼女は19歳。本当の意味を弁えて作詞したとしたら、恐るべき未成年者だ。江口洋介がイチコロになるわけだ。
にしても…。
今も昔も彼女は綺麗だ…。
ランディさん。綺麗なお姉さんは好きですか・・・?
白露山の大銀杏の如き儚さを持つ女性も好きな、丁髷ジョニーです。
格言はあとで…。
>>「なり合わぬところが・・・。なり余ったところが・・・」<<
>たしかのそのクダリから、「では うめましょう」と
いとも簡単にインサートするのですよね。
当然「おい!愛撫なしかよ!」という突っ込みは禁句なのですね。
さらに「花弁」とか「マグマのよう」等の表現も禁止ですね?<
//当然、「そそりたつもの」、「ジュンとした」、「息子(ジュニア)」という表現もないと思います。あったとしたら、宇野鴻一郎先生が、タイムマシンに乗って、太安万侶や稗田阿礼らに指導したとしか思えません(笑)。
尚、総括は、昨夜のレスを参照して下さい。
>そうそう、ちなみに韓国ではスサノオの朝鮮渡来説があるそうで(笑 <
//出雲大社のH.Pには、「国引き神話」が紹介されております。それによると、「新羅のみ崎を引っ張った」とのこと。このことを指しているのでしょうか。人の褌で相撲を取るな。と叱りたいところです。
※ 出雲大社(国引き部)H.P
http://www.izumooyashiro.or.jp/kamigami/daikoku/index.html
>指摘の「一神教」と、日本のアニミズムである「神道」の
根本的な違いは「善悪」の定義だと思われます。
絶対的正義を以って「悪」と対峙する一神教と違い、神道には
その要素が極めて曖昧、ともすれば全肯定が本質です。
その神道的文化が日本人のアイデンティティーに大きく影響し、
受動的ではあるものの、異端も許容しようとする日本人の性質に
作用していると思われます。<
//ご存知の通り、神道には経典がありません(神道系の新興宗教は不明)。厳しい戒律が全くと言って良いほど存在しないのは、この為でしょう。対する、基督教やイスラム教は、絶対者との契約で信仰が成り立っていると見ます。契約ですから、それに含まれていないことを行ったり、違反の類には厳しい罰が待っています。となれば、ご指摘の通り、「悪」と対峙は論理的帰結でしょう。
全肯定。そうですね。全てを呑み込み、日本独自の形にしてしまう。これが、山本七平氏言うところの「日本教」のエッセンスなんでしょうか。
好例が、本地垂迹説でしょう。大日如来が天照大神の化身として現れたなんて、前述の宗教を崇拝している人にとって、そんな奇想天外なことは、「ニッポンジン、ワカラナーイ。チョーキモーイ」という評価に繋がるのも、むべなるかなですね。
(後に、反本地垂迹説も出てくるが…。)
ただ、契約以前の人間性とでも申しましょうか、について、日本人ほど、律儀で綺麗好きで礼儀正しい国民はいない。という評価も得ているようですから、宗教的原理・原則の無さを恥じ入ることは全くないと思います。
>一方近代民主主義と現在の国際秩序体制の中でも、全肯定は未だ
確立されることはなく、自らの正当性も以って利益確保に奔走、
むしろ他国との利害対立を認めています。
北方領土問題然り、竹島問題然り、ガス田問題然り。
好むと好まざるとに関わらず、現在の国際秩序体制の中で軍事を
含む外交、利権は認められたルールに則り且つ、最大限利用しなければ
それは亡国と同じです。<
//という訳で、もの凄く好意的に解釈すれば、左巻きメディアは、皇室と共産主義は両立可能(天皇を戴いた共産主義)という、さしずめ北一輝的な思想でも有しているのかな?とにかく、懸念の通り、全肯定は相手に付け込まれる危険を絶えず孕んでいますね。何せ、敵の存在を前提としていないのですから。
全肯定を国際秩序にしたいのなら、極論ですが、国連の常任理事国相手に、もう一度、戦争をして、物理的に勝つしかない(笑)。
それはともかく、国際社会は魑魅魍魎どもが、夜の女の如く甘い言葉で暗がりに誘うような舞台だということを肝に銘じて欲しいですね。八岐大蛇を退治した日本武尊のような知略を参考にすると良いと思います。てことは、さっさと酔い潰せってか(笑)。
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「両性具有」で、今宵は女性の対場から…
☆『別れた女なら使用済みでしょ』
【アルバム『見て』収録・「別れた女」より。/S63・森高千里。作詞も】
・・・当時、彼女は19歳。本当の意味を弁えて作詞したとしたら、恐るべき未成年者だ。江口洋介がイチコロになるわけだ。
にしても…。
今も昔も彼女は綺麗だ…。
ランディさん。綺麗なお姉さんは好きですか・・・?
これは メッセージ 36852 (randy_bara さん)への返信です.
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