Re: プロ市民【横レス込み⊃トピ合致?】
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2006/04/04 15:23 投稿番号: [35684 / 44985]
改めまして。
>基本的に彼らは表立った活動をせず、
あくまで善意の代弁者を演出できるマイノリティーに寄生する手段を多く取ってますね。
ご指摘のとおりです。
私もそのような場面をなんどとなく目にしてきました。
>NGOしかり、被差別団体しかり、沖縄や北海道などの民族団体しかり。
そして、クリスチャン諸団体然り。
説教壇の後から忍び寄って袋をかぶせてそのままどこかへ持ち逃げしたいような牧師も居りましたよ。
>被害者団体は被害者のままで存在するから利用価値がある以上、
彼らを救うというよりは隔離して利権を確保する事に主眼があるように
思えてなりません。
彼らは(↑の人々⊃ある種の神父や牧師たち)よく
「弱者を救え!」
「弱者のために!」
と訴えます。その意識そのものが傲慢だと私は思うのです。
なぜなら、自分自身は「弱者ではない」という意味をそのなかに含んでいますから。それでよく
「われらに罪を犯した者をわれらが許すごとく われらの罪をも許したまえ」
と毎週の礼拝の折に祈れるものだと呆れを通り越して感心しています。
>時に無謀であろうとも裁判の原告として引っ張りまわされつづける彼らに
安寧の日はくるのでしょうか。
その「彼ら」が、自分たちのことを「弱者」だとか「被害者」だとかと規定する自己認識から脱却できるかどうかでしょう。こればかりは、他者が手を引いてふとん(比喩的な意味でね)のなかから連れ出してやることは出来ません。結局は、私もそろそろ使い飽きてきた言葉ですが「自己責任」なのです。
さて、
>豊田有恒「神道と日本人」
について。
>別に神道に思い入れがあったわけでも豊田有恒を知っていたわけでもなく
さらにエロ漫画購入をカモフラージュする為に、ついでに買ってみたって
訳でもない。いや!信じてくれ!本当なんだ!
そこまでおっしゃるなら信じてもよろしいですが私が信じたところで大勢には影響ないでしょうからねぇ。
というわけでこちらの方の本論です。
>「高倉健」はヤクザ映画での任侠の美学を貫く存在だが、敵の謀略にも我慢して我慢して我慢した挙句、ついに不条理に対して自らが犠牲になって
駆逐するのが日本人のメンタリティーに心地よい。という事らしい。
このような感覚が日本人の共感を呼びやすい「美学」であることそのものは否定出来ないと考えます。それに、美学としてとある民族に共有されやすい(例外者もいるでしょうが)意識や感覚には、それらがそうなっただけの理由も存在するでしょうから。
そのあたりを豊田有恒氏はどう考察していましたか?
>先ほどのチャーチルによる「対日世界大戦回顧録」での話しと合致するね。
>日本人は無理な要求をしても起こらず、反論もしない。笑みを浮かべて
要求 を呑んでくれる。
>無理を承知で要求してみると、今後は笑みを浮かべていた日本人が
まったく 別人の顔になって、 「これほどこちらが譲歩しているのに、そんな
ことをいうとは、あなたは話のわからない人だ。ここに至っては、刺し違え
るしかない」 と言って突っかかってくる。
対処方法としては2種類あるでしょうね。
1)西欧流(もしくはグローバルスタンダード)に合わせてにこちらの要求度をも最初から高めに出し、クライマックスで落しどころをつかみ取る。
2)日本人とは自分たちとは違うやりかたを貫く民族なのだということを全世界に周知徹底させ、日本流美学の理解・普及に努める。
2)の方がやりがいはあるのかもしれませんが莫大なエネルギーを使わねばならないこともたしかでしょう。
一主婦としてはそれこそ、
「エンゲル係数に見合わないやりかた」
と言わざるを得ません。
ひとまずは、1)に習熟してネコの皮をかぶるべくこれ努める方が効率がいいと愚考します。
今日はこんなところです。
では、今後ともよろしく。(100倍返しも含めて)
>基本的に彼らは表立った活動をせず、
あくまで善意の代弁者を演出できるマイノリティーに寄生する手段を多く取ってますね。
ご指摘のとおりです。
私もそのような場面をなんどとなく目にしてきました。
>NGOしかり、被差別団体しかり、沖縄や北海道などの民族団体しかり。
そして、クリスチャン諸団体然り。
説教壇の後から忍び寄って袋をかぶせてそのままどこかへ持ち逃げしたいような牧師も居りましたよ。
>被害者団体は被害者のままで存在するから利用価値がある以上、
彼らを救うというよりは隔離して利権を確保する事に主眼があるように
思えてなりません。
彼らは(↑の人々⊃ある種の神父や牧師たち)よく
「弱者を救え!」
「弱者のために!」
と訴えます。その意識そのものが傲慢だと私は思うのです。
なぜなら、自分自身は「弱者ではない」という意味をそのなかに含んでいますから。それでよく
「われらに罪を犯した者をわれらが許すごとく われらの罪をも許したまえ」
と毎週の礼拝の折に祈れるものだと呆れを通り越して感心しています。
>時に無謀であろうとも裁判の原告として引っ張りまわされつづける彼らに
安寧の日はくるのでしょうか。
その「彼ら」が、自分たちのことを「弱者」だとか「被害者」だとかと規定する自己認識から脱却できるかどうかでしょう。こればかりは、他者が手を引いてふとん(比喩的な意味でね)のなかから連れ出してやることは出来ません。結局は、私もそろそろ使い飽きてきた言葉ですが「自己責任」なのです。
さて、
>豊田有恒「神道と日本人」
について。
>別に神道に思い入れがあったわけでも豊田有恒を知っていたわけでもなく
さらにエロ漫画購入をカモフラージュする為に、ついでに買ってみたって
訳でもない。いや!信じてくれ!本当なんだ!
そこまでおっしゃるなら信じてもよろしいですが私が信じたところで大勢には影響ないでしょうからねぇ。
というわけでこちらの方の本論です。
>「高倉健」はヤクザ映画での任侠の美学を貫く存在だが、敵の謀略にも我慢して我慢して我慢した挙句、ついに不条理に対して自らが犠牲になって
駆逐するのが日本人のメンタリティーに心地よい。という事らしい。
このような感覚が日本人の共感を呼びやすい「美学」であることそのものは否定出来ないと考えます。それに、美学としてとある民族に共有されやすい(例外者もいるでしょうが)意識や感覚には、それらがそうなっただけの理由も存在するでしょうから。
そのあたりを豊田有恒氏はどう考察していましたか?
>先ほどのチャーチルによる「対日世界大戦回顧録」での話しと合致するね。
>日本人は無理な要求をしても起こらず、反論もしない。笑みを浮かべて
要求 を呑んでくれる。
>無理を承知で要求してみると、今後は笑みを浮かべていた日本人が
まったく 別人の顔になって、 「これほどこちらが譲歩しているのに、そんな
ことをいうとは、あなたは話のわからない人だ。ここに至っては、刺し違え
るしかない」 と言って突っかかってくる。
対処方法としては2種類あるでしょうね。
1)西欧流(もしくはグローバルスタンダード)に合わせてにこちらの要求度をも最初から高めに出し、クライマックスで落しどころをつかみ取る。
2)日本人とは自分たちとは違うやりかたを貫く民族なのだということを全世界に周知徹底させ、日本流美学の理解・普及に努める。
2)の方がやりがいはあるのかもしれませんが莫大なエネルギーを使わねばならないこともたしかでしょう。
一主婦としてはそれこそ、
「エンゲル係数に見合わないやりかた」
と言わざるを得ません。
ひとまずは、1)に習熟してネコの皮をかぶるべくこれ努める方が効率がいいと愚考します。
今日はこんなところです。
では、今後ともよろしく。(100倍返しも含めて)
これは メッセージ 35632 (randy_bara さん)への返信です.
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