北朝鮮

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Re: 北朝鮮

投稿者: llmari2005 投稿日時: 2006/02/13 16:44 投稿番号: [35323 / 44985]
  ひとりでどれだけ泣いただろう、どれだけの体力を消耗しただろう。辛く苦しい毎日だったが、この期間に
今までには考えられないほど親子の会話が成り立っていった。

  そして、ついに退院を目前にしたある日、妹ははっきりと息子に言った。「2年生からはあの朝鮮学校に
行くんだよ!」

  「イヤだ」という返事は甥っ子にはできなかった。

  母子ともども一大決心であった。もちろん、母も子も、それに私も、従兄弟たちも不安だらけのスタートだった。

  当初、文字や言葉がわからず、とまどい、先生や級友たちを困らせたりもしたが、日本の学校ではありえない
異なった環境で、甥っ子はどんどん変わっていった。

  とくに中2、中3の担任がサッカー部の監督ということもあり、部活を通してウリハッキョを感じ取った部分は
大きかったようだ。

  昨年の学生中央体育大会優勝、そして先日静岡で開催された中級部選抜中央大会準優勝は、親子ともども
燃えたひとときであった。

  試合中、チームメイトに大きな声で檄を飛ばす甥っ子。

  「チョンファッキ!(正確に)」「アジッ、アジッ!(まだまだ)」

  私と妹は、(ウリマルもまだ未熟なのに、意味わかってるのかな?)と、不思議でしかたなく、ほほ笑んでいた。

  プレーに熱く、失点に悔し涙の甥っ子。グラウンドで全力を尽くす息子を必死に応援し、見守る母親。…こんな
光景、2年前までまちがいなくなかった。親だけではカバーしきれない子育ての部分を、ウリハッキョが、
ウリトンムたちが自然に補ってくれる。

  甥っ子にとって、近所の幼なじみも友だちだが、今、ウリハッキョでたった2年間だけどつき合ってきた
トンムたちもこのうえなく貴重な仲間である。

  妹にとってあの辛い看病生活のとき、親身になって心配してくれた旧友たちや先輩たちは、朝高を卒業して
30年経っても変わらぬ友情を持ち続けるトンムたちである…。

  母も子も、チョソンサラムの血を、今も昔も変わらぬウリハッキョの良さをおのずと実感したのであった。

  今、子どもを日本の学校へ通わせる朝高出身の親があとを絶たない。子どものために、将来のために…。

  夢に向かうことはすばらしいことだが、肝心な人間形成をウリハッキョでしっかりしてからでも遅くはないの
ではないだろうか。

  骨組みが固まらぬまま異なった環境に置いたとき、埋まる穴も埋まらず、小さな穴も大きくなり、夢も目標も
一瞬にしてもろくも崩れ去ることがあることも知ってほしい。

  今、正された環境で学ぶ甥っ子と妹は、少ない親子の時間に、昔ながらの共通の先生の話題で時間が
経つのも忘れるそうだ。

  そして、甥っ子15歳の誕生日のプレゼントの希望を聞いたときに、甥っ子からは、「何もいらない!   オモニが
ずっと元気でいてくれたら…!」との返事が返ってきたそうだ。

  若干15歳。濃厚な中学3年間を体験し、変わっていった甥っ子。新春の大阪朝高サッカー部の全国選手権
大会での大活躍に熱いものを肌で感じ、今春、愛知朝高進学に胸をふくらます。

  女手ひとつで家族を養う「仕事一筋」の妹の生活には変わりはない。あるとすれば、子どもの転校により、
「不安なき仕事一筋」になったことだろう。(金英玉、愛知中高オモニ会会長、47)

以上
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