公主様 1
投稿者: komtang15 投稿日時: 2005/10/06 23:28 投稿番号: [34426 / 44985]
こんばんは。
>ただ今度の旅行では機内食と朝のホテルでのバイキングのほかは、ほとんど中華料理でした。
中華料理にもいろいろあるのでしょうが、私のような日本原人味覚の持ち主にとっても、それがとりあえずは無難な線だと思います。
箸で米の飯をかきこめるというのは大きいんじゃなかと。
ちなみに、私が旅行先に韓国を選んだのも、箸で(ジャポニカ)米をかきこめるという点も大きいです。
ただ、金属製の重くて細い箸、あれは慣れないですけどね。
私の友人、アメリカで貧乏旅行をした時、米の飯が食いたいと思って飛び込んだ安い中華料理屋も合わず、結局はどこかの吉野家で牛丼を食べたそうですが、箸が出てこなくても、それでも米の飯は有難かったそうです。
バイキングは、あれはあれで万人にリスク無く無難で、有り難いものだと思っております。
>ただ、インド圏の料理も中東ふうの料理も楽しめる私ですが、ヨーロッパ流の肉料理ばかりつづく(野菜類がない)脂っこい料理にはさすがに参りました。
脂っこい料理... 私には耐えられませんね。
野菜中心の料理も発達しているかと思っていたら、そうでもないんですね。
だから、伝統的和食もヘルシーだと思われたんでしょうか?
>料理に関しては、中東にせよ、南アジアにせよ、東アジアにせよ、ヨーロッパ諸国より文化が進んでいるのではないかと思う私です。
世のセレブとかグルメと称する人達がその考えに賛同するかどうかはわかりませんが、なかなか興味深いテーマだと思います。
>(そう思うと、本場の朝鮮料理にもぜひ挑戦したくなるのであります)
それは食べる側としてですか?それとも、作る側も含めてですか?
私が好きな韓国料理は、唐辛子たっぷりの料理はほとんど無いのですが、美味しいものは美味しいのです。
特に唐辛子をほとんど使わない水キムチ、あれはこれからの時期に最適ですね。
>もちろん、いつもの邪推と違い、かなり自民党に甘い見方だとは思うのですが。
自民党の大勢がどうなのか、私はわからないのですが、「甘い見方」と評する人がいても不思議ではないでしょう。
しかし、表立って反対出来ないので、世論の反対の声を口実に引き延ばし作戦でいるなら、それに背を向ける気も無いですが、米国産牛肉輸入解禁の雰囲気を眺めていると、何だか疑わしく感じるのも確かです。
(米国産牛肉輸入解禁の問題は、反米運動でもなくナショナリズムでもなく、純粋に安全性を考えるべき問題だと思っておりますが)
牛丼屋とファミレス等の外食チェーンのために日本政府があるとしか見えない状況下ですから、複数の某組織・教団のために政府がこの法案を通すことを考えかねないですから。
とはいえ、反対しなければならないものは反対しなければならないのも確かなんですけど。
>劣悪で名ばかりの「人権擁護法」の成立を防ぎ少しでも身のある真の意味での人権擁護を目指す法案への取り組みは、国会議員である以上どの党の出身であれ避けられないとと思います。
それはそうですね。現実問題として人権保護に対する法制度に欠陥があるとは思いますから。
>ぜひ、真の信仰の盾となってくださいまし。
かなり異端者の私ですが...
実際、我が宗派においても、世俗的な「現世利益」が得られると誤解されてもおかしくない経典があるのも事実で、その解釈について未だに私はよくわからないのです。
>それは、罪は倫理に属する問題だけど、恥は美意識に属するものだ、ということです。
>倫理を考える方が、美意識を考えるよりもずっと簡単に答がでるでしょう。美意識は、倫理を一方で含みながらも非常に高度でエレガントな感性をも求められるものですから。
私は、「そんなことをしたら、人として恥かしい」のが「恥」で、「人として、そんなことをするのは許されない」のが「罪」だと勝手に解釈しているのですが、今の場合、この「罪」も「俗法に反する」という意味が幅を利かすようになってきましたね。
アガリスクの件の出版社の社長がガンで入院中とのことですが、「アガリスクがあるんだから、どうせ、あなたのガンも心配無いでしょ?」と一片の同情の念も感じない人非人である私の場合、学生時代の宗教・哲学関係の講義も退屈な居眠りの時間と決めて過ごしていましたので、高度な話は出来ません。
ただ、恥って一見他律的でありながら、実は自律的なものであると感じます。
いずれにしても、エレガントなるものは、私にとっては程遠いものであることには間違い無いようです。
>ただ今度の旅行では機内食と朝のホテルでのバイキングのほかは、ほとんど中華料理でした。
中華料理にもいろいろあるのでしょうが、私のような日本原人味覚の持ち主にとっても、それがとりあえずは無難な線だと思います。
箸で米の飯をかきこめるというのは大きいんじゃなかと。
ちなみに、私が旅行先に韓国を選んだのも、箸で(ジャポニカ)米をかきこめるという点も大きいです。
ただ、金属製の重くて細い箸、あれは慣れないですけどね。
私の友人、アメリカで貧乏旅行をした時、米の飯が食いたいと思って飛び込んだ安い中華料理屋も合わず、結局はどこかの吉野家で牛丼を食べたそうですが、箸が出てこなくても、それでも米の飯は有難かったそうです。
バイキングは、あれはあれで万人にリスク無く無難で、有り難いものだと思っております。
>ただ、インド圏の料理も中東ふうの料理も楽しめる私ですが、ヨーロッパ流の肉料理ばかりつづく(野菜類がない)脂っこい料理にはさすがに参りました。
脂っこい料理... 私には耐えられませんね。
野菜中心の料理も発達しているかと思っていたら、そうでもないんですね。
だから、伝統的和食もヘルシーだと思われたんでしょうか?
>料理に関しては、中東にせよ、南アジアにせよ、東アジアにせよ、ヨーロッパ諸国より文化が進んでいるのではないかと思う私です。
世のセレブとかグルメと称する人達がその考えに賛同するかどうかはわかりませんが、なかなか興味深いテーマだと思います。
>(そう思うと、本場の朝鮮料理にもぜひ挑戦したくなるのであります)
それは食べる側としてですか?それとも、作る側も含めてですか?
私が好きな韓国料理は、唐辛子たっぷりの料理はほとんど無いのですが、美味しいものは美味しいのです。
特に唐辛子をほとんど使わない水キムチ、あれはこれからの時期に最適ですね。
>もちろん、いつもの邪推と違い、かなり自民党に甘い見方だとは思うのですが。
自民党の大勢がどうなのか、私はわからないのですが、「甘い見方」と評する人がいても不思議ではないでしょう。
しかし、表立って反対出来ないので、世論の反対の声を口実に引き延ばし作戦でいるなら、それに背を向ける気も無いですが、米国産牛肉輸入解禁の雰囲気を眺めていると、何だか疑わしく感じるのも確かです。
(米国産牛肉輸入解禁の問題は、反米運動でもなくナショナリズムでもなく、純粋に安全性を考えるべき問題だと思っておりますが)
牛丼屋とファミレス等の外食チェーンのために日本政府があるとしか見えない状況下ですから、複数の某組織・教団のために政府がこの法案を通すことを考えかねないですから。
とはいえ、反対しなければならないものは反対しなければならないのも確かなんですけど。
>劣悪で名ばかりの「人権擁護法」の成立を防ぎ少しでも身のある真の意味での人権擁護を目指す法案への取り組みは、国会議員である以上どの党の出身であれ避けられないとと思います。
それはそうですね。現実問題として人権保護に対する法制度に欠陥があるとは思いますから。
>ぜひ、真の信仰の盾となってくださいまし。
かなり異端者の私ですが...
実際、我が宗派においても、世俗的な「現世利益」が得られると誤解されてもおかしくない経典があるのも事実で、その解釈について未だに私はよくわからないのです。
>それは、罪は倫理に属する問題だけど、恥は美意識に属するものだ、ということです。
>倫理を考える方が、美意識を考えるよりもずっと簡単に答がでるでしょう。美意識は、倫理を一方で含みながらも非常に高度でエレガントな感性をも求められるものですから。
私は、「そんなことをしたら、人として恥かしい」のが「恥」で、「人として、そんなことをするのは許されない」のが「罪」だと勝手に解釈しているのですが、今の場合、この「罪」も「俗法に反する」という意味が幅を利かすようになってきましたね。
アガリスクの件の出版社の社長がガンで入院中とのことですが、「アガリスクがあるんだから、どうせ、あなたのガンも心配無いでしょ?」と一片の同情の念も感じない人非人である私の場合、学生時代の宗教・哲学関係の講義も退屈な居眠りの時間と決めて過ごしていましたので、高度な話は出来ません。
ただ、恥って一見他律的でありながら、実は自律的なものであると感じます。
いずれにしても、エレガントなるものは、私にとっては程遠いものであることには間違い無いようです。
これは メッセージ 34422 (lilasnosakukoro さん)への返信です.
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