>民族なる概念は【重要】
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2005/05/19 17:10 投稿番号: [31802 / 44985]
> kunichou_chakaさま
こんにちは。
「北トピ」でご挨拶するのははじめてですね。ご返信、ありがとうございます。
>実は日本人の発明だと本で読んだことがあります。
なぜかというと「民族」という訳語の元の言葉をよく検証してみると「国民」と訳した方が適切だからだそうで、西洋にそんなものはないというのです。
なるほどと思い、それぞれにあたる英単語を確認してみました。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%B9%F1%CC%B1&kind=ej&mode=0&je.x=35&je.y=7
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%CC%B1%C2%B2&kind=je&mode=0&je.x=52&je.y=14
>the nation
と、
>a race; a nation
たしかに、「国民」と「民族」は西欧社会ではほとんど区別がつかないものであり、それにあえて区別をつけたのは日本人であるのかもしれません。
明治の先人たちはこの2つのどこに微妙な違いを嗅ぎ分けたのだろうと、彼らの嗅覚の鋭さにうなります。
>それは近代以前の国は「王様の私有地」でしかなく、住んでる人間の言葉や習慣はバラバラ、通用する通貨や法律まで同じでなかったりしたため、連帯感を持てるグループはごく小さかったからです。
それはまさに、今までの歴史教科書で「絶対王政」と呼ばれるものが実は「封建制」の名残りの上にしか存在していなかった。「絶対」王政は、「絶対」ではなかったという逆説を示していますね。だとすれば、日本の江戸時代も、微妙に「封建制」微妙に「絶対君主制」であったとしても、少しもおかしくないように思います。
そして、
>そしてそれを維持するため先ほど挙げた統一した法律の整備や、標準言語の制定普及、まとまりの象徴としての国旗や国歌の尊重を経て、今我々が考える国家というものが生まれたわけです。
というようなことが少なくとも西欧社会でよりはずっと短期間に成し遂げられたこの日本というのは、相当の適応能力があったのか、西欧社会よりももっと早くから1個の「民族」という概念が不文律のうちに先にあり、その後で「国民」が出来あがったのか。
いずれにせよ、その根本の原因は「皇室」の存在に大きなものがあると思います。
>そして日本でそれを一通りやり終えたあとは、それらの施策の「輸出」に励みます。
たいてい「革命(的なもの)」を成し遂げた国はそれを他国へ輸出しようとしたがりますが、この時点で日本が自国のやりかたを「同じアジアの国だから」という理由だけで(いわばお人好しの善意で)輸出に励んだのならば、まさしくもって「余計なお世話」、後に禍根を残しましたね。
ただ、そうしていわば「対欧米帝国主義共闘陣営」を築こうとしたのだとすれば、結果としては(相手が悪くて)失敗しましたが、先人たちの思いは十分に理解できます。
>私はしばらくできるだけ、関わりを減らして勝手に自爆させたいですね。
私はさらに面倒くさがりでエゴイストな人間なので、
「自爆するもしないも、アンタたちの自己責任でしょ。日本はその点では、な〜んにも手は貸してあげない。ただし、日本にとっても利益になることを提示できたならば、話に乗ってもいいけど」
と思っております。
それでは、こちらでもよろしくお願いします。
こんにちは。
「北トピ」でご挨拶するのははじめてですね。ご返信、ありがとうございます。
>実は日本人の発明だと本で読んだことがあります。
なぜかというと「民族」という訳語の元の言葉をよく検証してみると「国民」と訳した方が適切だからだそうで、西洋にそんなものはないというのです。
なるほどと思い、それぞれにあたる英単語を確認してみました。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%B9%F1%CC%B1&kind=ej&mode=0&je.x=35&je.y=7
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%CC%B1%C2%B2&kind=je&mode=0&je.x=52&je.y=14
>the nation
と、
>a race; a nation
たしかに、「国民」と「民族」は西欧社会ではほとんど区別がつかないものであり、それにあえて区別をつけたのは日本人であるのかもしれません。
明治の先人たちはこの2つのどこに微妙な違いを嗅ぎ分けたのだろうと、彼らの嗅覚の鋭さにうなります。
>それは近代以前の国は「王様の私有地」でしかなく、住んでる人間の言葉や習慣はバラバラ、通用する通貨や法律まで同じでなかったりしたため、連帯感を持てるグループはごく小さかったからです。
それはまさに、今までの歴史教科書で「絶対王政」と呼ばれるものが実は「封建制」の名残りの上にしか存在していなかった。「絶対」王政は、「絶対」ではなかったという逆説を示していますね。だとすれば、日本の江戸時代も、微妙に「封建制」微妙に「絶対君主制」であったとしても、少しもおかしくないように思います。
そして、
>そしてそれを維持するため先ほど挙げた統一した法律の整備や、標準言語の制定普及、まとまりの象徴としての国旗や国歌の尊重を経て、今我々が考える国家というものが生まれたわけです。
というようなことが少なくとも西欧社会でよりはずっと短期間に成し遂げられたこの日本というのは、相当の適応能力があったのか、西欧社会よりももっと早くから1個の「民族」という概念が不文律のうちに先にあり、その後で「国民」が出来あがったのか。
いずれにせよ、その根本の原因は「皇室」の存在に大きなものがあると思います。
>そして日本でそれを一通りやり終えたあとは、それらの施策の「輸出」に励みます。
たいてい「革命(的なもの)」を成し遂げた国はそれを他国へ輸出しようとしたがりますが、この時点で日本が自国のやりかたを「同じアジアの国だから」という理由だけで(いわばお人好しの善意で)輸出に励んだのならば、まさしくもって「余計なお世話」、後に禍根を残しましたね。
ただ、そうしていわば「対欧米帝国主義共闘陣営」を築こうとしたのだとすれば、結果としては(相手が悪くて)失敗しましたが、先人たちの思いは十分に理解できます。
>私はしばらくできるだけ、関わりを減らして勝手に自爆させたいですね。
私はさらに面倒くさがりでエゴイストな人間なので、
「自爆するもしないも、アンタたちの自己責任でしょ。日本はその点では、な〜んにも手は貸してあげない。ただし、日本にとっても利益になることを提示できたならば、話に乗ってもいいけど」
と思っております。
それでは、こちらでもよろしくお願いします。
これは メッセージ 31797 (kunichou_chaka さん)への返信です.
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