モンゴロイドと日本人の起源について
投稿者: attoko12345 投稿日時: 2005/05/12 21:28 投稿番号: [31718 / 44985]
モンゴロイドの起源は少なくとも50万年以上さかのぼるといわれている。
最近の研究ではモンゴロイド誕生の地は東アジア南部と思われ、ここから各地に拡散していったとされている。
7万年前ヴュルム氷河期に閉じ込められたモンゴロイドが寒冷地適応した一派がいたとされ、是を北方モンゴロイドといい、原モンゴロイドと区別される。
北方モンゴロイドの一部はシベリア拡散し、更に一部はベーリング海峡を越え、アメリカインデアンに進化したといわれている。
日本人の祖先と確認されているのは2万年前の後期旧石器時代人で、同時代の中国南部(広西壮族自治区)柳江人とよく似ており、是が原モンゴロイドだといわれている。
日本では1万年前に縄文人がいて、縄文人は現モンゴロイドだと思われている。
縄文人は地域差はあるものの、後の日本人と比較すると北海道から沖縄までかなり均質な集団であったと思われている。
縄文人は狩猟を中心としていたと追われているが、一部に原資農耕があったと推定されており、縄文人には虫歯が多いので、ヒエ、そば、キビ、アワが栽培されていたのではないかと想像されている。
三内丸山遺跡からは栗の栽培は確実とされている。
そこへ弥生人がわたってくるが、米が入る頃に一致している。従来から米は弥生人が持ち込んだとされているが、ここが悩ましい。
米は中国南部原産らしく、最古の遺跡は揚子江流域である。紀元前12000年前には米の栽培が始まり、紀元前3500年前には良渚文明(太湖のほとり)がおきてくる。黄河文明に先立つこと1000年まえにである。
良渚文明は主力は紀元前2000年まえ、洪水で滅亡するが、一部は北方に伸び、黄河中流域に進みんだ。黄河文明と遭遇して夏王朝を生み出したのではないかとする学説が最近の主流である。
黄河文明と遭遇しない一派が山東省にとどまり、夏、殷、周、春秋戦国時代、秦漢も時代に一部が海外へ流出したといわれている。
弥生時代は紀元前300年頃とされているが、中国では春秋戦国時代、秦漢にあたる。米は山東省から、韓国南部と北九州に伝わったがどちらが先とはわからない。戦乱を避けた中国人難民ではないかと想像されている。
一方、同時代に北方モンゴロイドが満州あたりから南下しており、朝鮮半島に入っている。
さて、弥生人は人骨から北方モンゴロイドであることは確実で、北九州から大阪まで北方モンゴロイドが主流であり、縄文人である原モンゴロイドと混血した。
現在の日本人はほぼ半々の混血児であるが、弥生人が北方モンゴロイドだとすると、稲作を携えてきたとは考えられない。
いまのところ是を説明する学説はないが、3つの可能性が考えられる。
1.山東省からの移民(原モンゴロイド)が米を、支配者として北方モンゴロイドが同時に別々に入った
2.山東省の移民が朝鮮半島南部で北方モンゴロイドと混血して先進文化を起こしてから日本に入った。
3.北方モンゴロイドは朝鮮半島で稲作を受け取り、その後北九州に入った。
ちなみに、南九州と東北北海道は北方モンゴロイドの影響を受けずに、縄文人として小進化し沖縄人、隼人、アイヌになったとされている。
最近の研究ではモンゴロイド誕生の地は東アジア南部と思われ、ここから各地に拡散していったとされている。
7万年前ヴュルム氷河期に閉じ込められたモンゴロイドが寒冷地適応した一派がいたとされ、是を北方モンゴロイドといい、原モンゴロイドと区別される。
北方モンゴロイドの一部はシベリア拡散し、更に一部はベーリング海峡を越え、アメリカインデアンに進化したといわれている。
日本人の祖先と確認されているのは2万年前の後期旧石器時代人で、同時代の中国南部(広西壮族自治区)柳江人とよく似ており、是が原モンゴロイドだといわれている。
日本では1万年前に縄文人がいて、縄文人は現モンゴロイドだと思われている。
縄文人は地域差はあるものの、後の日本人と比較すると北海道から沖縄までかなり均質な集団であったと思われている。
縄文人は狩猟を中心としていたと追われているが、一部に原資農耕があったと推定されており、縄文人には虫歯が多いので、ヒエ、そば、キビ、アワが栽培されていたのではないかと想像されている。
三内丸山遺跡からは栗の栽培は確実とされている。
そこへ弥生人がわたってくるが、米が入る頃に一致している。従来から米は弥生人が持ち込んだとされているが、ここが悩ましい。
米は中国南部原産らしく、最古の遺跡は揚子江流域である。紀元前12000年前には米の栽培が始まり、紀元前3500年前には良渚文明(太湖のほとり)がおきてくる。黄河文明に先立つこと1000年まえにである。
良渚文明は主力は紀元前2000年まえ、洪水で滅亡するが、一部は北方に伸び、黄河中流域に進みんだ。黄河文明と遭遇して夏王朝を生み出したのではないかとする学説が最近の主流である。
黄河文明と遭遇しない一派が山東省にとどまり、夏、殷、周、春秋戦国時代、秦漢も時代に一部が海外へ流出したといわれている。
弥生時代は紀元前300年頃とされているが、中国では春秋戦国時代、秦漢にあたる。米は山東省から、韓国南部と北九州に伝わったがどちらが先とはわからない。戦乱を避けた中国人難民ではないかと想像されている。
一方、同時代に北方モンゴロイドが満州あたりから南下しており、朝鮮半島に入っている。
さて、弥生人は人骨から北方モンゴロイドであることは確実で、北九州から大阪まで北方モンゴロイドが主流であり、縄文人である原モンゴロイドと混血した。
現在の日本人はほぼ半々の混血児であるが、弥生人が北方モンゴロイドだとすると、稲作を携えてきたとは考えられない。
いまのところ是を説明する学説はないが、3つの可能性が考えられる。
1.山東省からの移民(原モンゴロイド)が米を、支配者として北方モンゴロイドが同時に別々に入った
2.山東省の移民が朝鮮半島南部で北方モンゴロイドと混血して先進文化を起こしてから日本に入った。
3.北方モンゴロイドは朝鮮半島で稲作を受け取り、その後北九州に入った。
ちなみに、南九州と東北北海道は北方モンゴロイドの影響を受けずに、縄文人として小進化し沖縄人、隼人、アイヌになったとされている。
これは メッセージ 31708 (real_days365 さん)への返信です.
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