北朝鮮

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ナゴヤンどの【返信】

投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2005/04/27 02:15 投稿番号: [31525 / 44985]
  相変わらずの夜更かしですが、まあ、こんばんはと言っておきましょう。

  あまりにも多くのかたたちがナゴヤン流の返答を「意味不明」とおっしゃるので、あえて今レスをつけることにしました。

  少なくとも、直接の対論相手である私には、おっしゃりたいことの意味は十分伝わっています。そしてそれが、私へのわずかではあるとしても、確実な返答になっていることも理解しています。


  思想的なことは国際さんがくわしくご指摘くださったので、私は自分自身が体験したエピソードを持ってお答としましょう。
 
  所属していた教会で、ある熱心なクリスチャンの女性(例の満州からの引き上げ者)から以下のようなことを言われていました。
「人間には、『為さざる罪』というものがあるのよ。たとえば、ユゴーの『レ・ミゼラブル』だけど、ジャン・バルジャンはたった1個のパンを盗んだだけで結果として19年(17年だったかな?   ちょっと覚えていません)も服役しなければならなかった。
  もし彼が罪を犯すまえによ、たとえば裕福な貴族とかが彼の一家を援助していればその後の悲劇は起こらなかったわよね。こういうのを『為さざる罪』と言うの」

  しかし私は、その話を聞かされた直後からどうしても違和感をぬぐえませんでした。
  どう重く見積もっても、彼女がいう『為さざる罪』は道徳的な倫理罪です。法的にはなんら犯罪とはなりませんね。しかし、そんなことは彼女も理解した上で言っていることはわかります。
  そして、ジャン・バルジャンの刑期が発端となった犯罪に対して異常に長かった直接の原因は、彼が脱走を試み続けたためです。(それには、唯一の働き手である自分が居なければ、という切羽詰った状況があったこともストーリー上の重要な要因になっていますが)

  それらをもろもろ考えて私は思ったのです。ジャン・バルジャンの一家に対する『為さざる罪』がよしんば宗教的には発生するとしても、それは神と彼の一家を顧みなかった各々の金持ちたちとの間のでのみ問題となることで、たとえクリスチャンの1人であったとしても余人がそれについてどうこういうべき事柄だろうか、と。

  そのとき感じたのと同じ感触を、今回ナゴヤンどのが挙げられた

>「積極的自由」

>「戦う民主主義」

の発想に感じます。


  さて、多くのかたがたには私の答もまた意味不明でしょうかねぇ?

  それでは、おやすみなさい。
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