横>戦う民主主義
投稿者: kokusaikouhou666 投稿日時: 2005/04/26 22:32 投稿番号: [31522 / 44985]
>さて、わしが参考になりそうかなと思ったサイトには「積極的自由」という概念をあげている。「戦う民主主義」に通じる考えだと思う。わしはそこに心を引かれた。
「戦う民主主義」というのは、定義なり概念なりが必ずしも明確ではないのですが、私はこれは民主主義とは本来相容れない概念であると思ってます。
民主主義というのは、相対主義(ここでは特定の政治思想・概念・主義等が絶対に正しいという立場を否定するという意味)に立ち、それ故に如何なる内容であっても(少なくとも政治的な言論については)自由な主張を許すということを大前提としています。
言い換えると、民主主義とは自由な言論を交わすことにより、より優れた見解が支持されるに至る筈であるという立場を前提とするものです。
これに対し、政治的見解に限っても完全な自由な言論を認めると、衆愚が誤まった結論に至ることもある、従って「間違った思想」に引きずられないよう、特定の危険な政治思想についてはその主張を許すべきではないというのが「戦う民主主義」なるものの根底にある発想です。
この発想には、①そもそも誰がその「特定の危険な政治思想」を決定するのか、②ある者が「主張を許すべきではない特定の政治思想」を決定できる筈だという発想と、ある者が「採用すべき特定の政治思想」を決定することができる筈だという発想とは何処が違うのか、という根本的な疑問が存在します。
言い換えると、戦う民主主義の主張は、民主主義を否定する思想を公表することは民主主義の下では許されない、ということですが、何故許されないかという理由については、このような主張を許すと民主主義体制が覆されてしまう危険性があるからだ、という点に求めざるを得ません。
しかしこの発想は、自由な言論に委ねると間違った結論に至る危険性があるという認識が根底にある訳ですから、民主主義、即ち国民の自由な討論と判断(投票)により、より良い(少なくともよりマシな)政治が齎される筈であるという民主主義の思想そのものを否定する発想である、という疑いが強いのです。
又「自由を否定するものに自由を与えるべきではない」ことを根拠にするのであれば、そこで「自由を与えられないもの」は「自由を否定するもの」に厳密に限られるべきである、ということになる筈ですから、例えば差別を助長する発言については制限の対象とはなりません。
戦う民主制とは、結局対立する思想については主張すること自体を認めないという点で、民主主義とも自由主義とも相容れない発想である、というのが私の結論です。
「戦う民主主義」というのは、定義なり概念なりが必ずしも明確ではないのですが、私はこれは民主主義とは本来相容れない概念であると思ってます。
民主主義というのは、相対主義(ここでは特定の政治思想・概念・主義等が絶対に正しいという立場を否定するという意味)に立ち、それ故に如何なる内容であっても(少なくとも政治的な言論については)自由な主張を許すということを大前提としています。
言い換えると、民主主義とは自由な言論を交わすことにより、より優れた見解が支持されるに至る筈であるという立場を前提とするものです。
これに対し、政治的見解に限っても完全な自由な言論を認めると、衆愚が誤まった結論に至ることもある、従って「間違った思想」に引きずられないよう、特定の危険な政治思想についてはその主張を許すべきではないというのが「戦う民主主義」なるものの根底にある発想です。
この発想には、①そもそも誰がその「特定の危険な政治思想」を決定するのか、②ある者が「主張を許すべきではない特定の政治思想」を決定できる筈だという発想と、ある者が「採用すべき特定の政治思想」を決定することができる筈だという発想とは何処が違うのか、という根本的な疑問が存在します。
言い換えると、戦う民主主義の主張は、民主主義を否定する思想を公表することは民主主義の下では許されない、ということですが、何故許されないかという理由については、このような主張を許すと民主主義体制が覆されてしまう危険性があるからだ、という点に求めざるを得ません。
しかしこの発想は、自由な言論に委ねると間違った結論に至る危険性があるという認識が根底にある訳ですから、民主主義、即ち国民の自由な討論と判断(投票)により、より良い(少なくともよりマシな)政治が齎される筈であるという民主主義の思想そのものを否定する発想である、という疑いが強いのです。
又「自由を否定するものに自由を与えるべきではない」ことを根拠にするのであれば、そこで「自由を与えられないもの」は「自由を否定するもの」に厳密に限られるべきである、ということになる筈ですから、例えば差別を助長する発言については制限の対象とはなりません。
戦う民主制とは、結局対立する思想については主張すること自体を認めないという点で、民主主義とも自由主義とも相容れない発想である、というのが私の結論です。
これは メッセージ 31520 (nagoyan_2shiki さん)への返信です.
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