国交を開く
投稿者: kayryo58 投稿日時: 2005/03/07 09:08 投稿番号: [30308 / 44985]
たとえば、いま領土問題について何かを冷静に発言できますか?
誰かが拉致問題についてメディアの多くや「世論」と違う意見を声を
大にして言うことが出来るでしょうか?
もし出来なければ、それはちょっと危ういことだと思います。
歴史を振り返ると、只ひとつだけのベクトルとして世の中が一斉に向か
うとき何が起きたでしょうか?
韓国(朝鮮)の近代史を読むと、14世紀末以来五百年に渡って続いて
きたひとつの体制がありました。ローマ帝国でもやっと四百年、中国史を
みても日本史をみてもひとつの体制が数百年間存在し続けるということは
非常に難しいことでした。
日本の江戸幕府が260年に渡ってそろそろと寿命が尽き、外勢に刺激
されて内乱となり雨降って地が固まりました。(明治維新)
近代化を進め、富国強兵の政策をとり世界制覇をビジョンにもつ統制
された行動国家として国際舞台にデビューしてきました。
鎖国朝鮮国(後大韓帝国)は五百年という澱みの末故に攘夷を決めそ
れを敢行し(米・仏艦隊撃退)たのに、同じ儒教の言葉とルールを巧み
に使った日本国には支配される結果となりました。
それまで朝鮮の国家精神は華夷秩序(中国を世界の中心とする考え
方)であり儒教の精神で国を治め人を治めるという国の姿でした。
1860年代、朝鮮国の軍備(旧式装備の兵二千人余り)は無きに等しい
状況でした。
かって悩まされた北方民族や倭(日本)の侵入には文と礼律をもって接
することで武力の防備は不要とされていたからです。(*通信使参照)
重要な点ですが、ノース・コリアはこうした歴史の教訓を易々と捨て去
ることは出来ないのです。
米国の軍事的脅威に旧式の兵器や特殊部隊のみで国(体制)を守ること
は不可能だからです。核とミサイルを持つことでそれを抑止力とするしか
方法がありません。
「良い悪い」の評価ではなく、権力者は自分を守るためには反対する側
への弾圧をするしか方法がありません。
日本人拉致は南の革命のために利用することが目的(かって崇高な革命
事業のためには何でも許されるという論理があった)だったのですが、この
「酷いこと」ことで道を誤ってはいけません。
歴史的に「酷いこと」というのはこういう単位の人数が犠牲になるとい
う事とは全く意味がちがうのです。
北朝鮮を嫌いだろうが何だろうが、まづ国交を開くということが今は重
要なのです。
感情的に物事が解決できるような時代ではないからです。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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