タイの独立維持
投稿者: gogai3000 投稿日時: 2005/02/08 20:51 投稿番号: [28938 / 44985]
譲歩に譲歩を重ね、偲び難き偲んでじっと我慢。
日本のように西洋列強の仲間入りを目指すことも無く、日本の様に、眠れる獅子は愚か、当時の軍事超大国:ロシアにまで牙をむき出して噛み付くなんていうこともやらなかった。
あの謎の微笑が秘訣か。
以下は引用:
こうして19世紀末までには、東南アジアのほとんどの地域はヨーロッパ諸国の植民地となり、独立を保ったのはイギリスとフランスの緩衝地帯として消極的な独立を保ったタイのみであった。
タイでは、18世紀後半に成立したチャクリ(バンコク)朝の第4代国王ラーマ4世(位1851〜68)が西欧化による近代化を進める一方、対外的には西方からのイギリス、東からのフランス勢力の進出に対して勢力均衡策をはかり、イギリスとの間に不平等条約である通商条約を締結した(1855)のをはじめ、フランス・アメリカ・プロイセンなどの欧米諸国とも不平等条約を結び、独立維持に努めた。
タイ史上最も傑出した国王とされるラーマ5世(チュラロンコーン、位1868〜1910)は15歳で即位し、父ラーマ4世の遺志を継いでタイの独立維持と西欧化による近代化に努め、近代的な行政・司法・徴税制度の確立、郵便・電信事業の導入、鉄道の建設、陸海軍の近代化などを行った。対外的にはイギリス・フランスの要求に屈し、治外法権の一部撤廃と引き換えに、現国境以東をフランスに、現国境以南をイギリスに割譲しながらも独立を維持し続けた
これは メッセージ 28936 (chopper8111362 さん)への返信です.
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