ダレさん
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2005/02/07 02:09 投稿番号: [28863 / 44985]
こんばんは。
お風邪の調子はいかがですか?
>最近ここも盛況でババタリアンが書き込む合間がなかなかはかれません
とあるオジタリアンのよーに、強引に割り込むのも一つの手段かと。いや、そんなことはダレさんの品位が許さないか。
>平成版さまもお帰りになりましたか
明日の夜帰ってきます。(はずです)
>近所の変な人には近づかないのがよかろうかと思います
女の勘ははずれるここはめったにありません
これこそが私たち女が生き残り子孫を繁栄するために神が与えた能力です
ですよねぇ。
一方では、よく知りもしない(いえ、ほとんど知らない)人を心のなかだけでも「変」と決めつけるのはよくない、という葛藤はあるのですが。
>ただ要求というのが危うい言葉ならば
いっしょにこの国でくらすためのお願いというのはあってもいいと思います
言葉尻を取ったようでごめんなさい。このトピにもときどき高飛車に在日のかたたちに一方的な「要求」だけしてあとは知らんぷりという人が来られるので、やっぱりちょっと「要求」は危ないかなと思いまして。
ダレさんがおっしゃるように、「お願い」は当然あっていい、というか、多いにお互いお願いし合うべきでしょう。正直に、率直に、謙虚に。
>たとえば在日外国人管理職試験裁判の原告である鄭さんがいった事について
嫌韓・反在日の人は言葉をあらげます
それを聞いて反日も勢いを増します。まったく泥試合だ。
日本人と在日が仲良くなったら自分達の存在理由がなくなる人達が
しかけた謀略であんなに大きくマスコミに報じられたのではないかと疑いたくなります
マスコミ自身にはマスコミ特有の独善的発想があり、意識的な「謀略」じみているのは某A紙くらいだろうと思いますが、結果としてダレさんがおっしゃっているようなことは起こっていますね。まさに、
>日本人と在日が仲良くなったら自分達の存在理由がなくなる人達
によって。
>彼女の考えと違う在日のかたがいたら
「俺はちがうぜ・私は違うわ」と普通に暮らす中で言ってほしいのです
あちこちでこうささやかれたらそれは大きな声になります
それで、鄭さん自身の言動の(自己)責任が棚上げにされるわけではないでしょうが、
>「俺はちがうぜ・私は違うわ」
という普通の在日の普通の声が普通の日本人に普通に聞こえてくれば、ずいぶん違った世の中になりますよね。
>あと私たちができることは日本人側のおかしな意見に
それは違うのではないか言い続けて考えるきっかけにしてもらうことでしょうか
それは大切なことだと思います。
他者の言動は結局自分自身を省みるためにある部分が大きいのですから、そのためには、お互いがお互いのおかしさを指摘しあうことは絶対に必要です。
>最近コリアン・ザ・サードという個人のHPで
そこに集う在日のかたの意見を読んでいると
帰化や自分についての考え方が
ここのトピで聞かせていただいた多くの在日のかたの考えより
さらりとしていて、より日本人の考え方に近いと感じたのです
私もあのサイトはざっと読んでみたのですが、そうですか、ダレさんは
>さらりとして
いるように感じられましたか。新たな見方を提供していただきました。
>日本人になるにはよく考えろというゼロさんとか
自分の民族について真剣にかんがえていたLeeさんが
古い男に見えました(けっして悪い意味じゃないです。ほめているつもりです)
よくわかります。
古風な男というものは、それもまたとってもカッコイイものですから。
>確かに日本とその中の在日の世界は変わりつつあると思います
これはもう、ダレさんがおっしゃったように、
>「俺はちがうぜ・私は違うわ」と普通に暮らす中で言ってほしいのです
あちこちでこうささやかれたらそれは大きな声になります
という事態になれば、ナゴヤン殿(けしからん男だけど! 反省したならいいか)がおっしゃったような、真の「共生」の第一歩でしょう。
とはいえ、
>後は朝鮮半島の二つの国がどう動くかが気になるところです
というところが、まったくもって重要なことなのですよね。それを背負っての、「日本人と在日」のともに有る(共生だろうと、イヤな言葉だけれど寄生だろうと)社会ですからねぇ。
では、お身体、お労わりください。
失礼します。
お風邪の調子はいかがですか?
>最近ここも盛況でババタリアンが書き込む合間がなかなかはかれません
とあるオジタリアンのよーに、強引に割り込むのも一つの手段かと。いや、そんなことはダレさんの品位が許さないか。
>平成版さまもお帰りになりましたか
明日の夜帰ってきます。(はずです)
>近所の変な人には近づかないのがよかろうかと思います
女の勘ははずれるここはめったにありません
これこそが私たち女が生き残り子孫を繁栄するために神が与えた能力です
ですよねぇ。
一方では、よく知りもしない(いえ、ほとんど知らない)人を心のなかだけでも「変」と決めつけるのはよくない、という葛藤はあるのですが。
>ただ要求というのが危うい言葉ならば
いっしょにこの国でくらすためのお願いというのはあってもいいと思います
言葉尻を取ったようでごめんなさい。このトピにもときどき高飛車に在日のかたたちに一方的な「要求」だけしてあとは知らんぷりという人が来られるので、やっぱりちょっと「要求」は危ないかなと思いまして。
ダレさんがおっしゃるように、「お願い」は当然あっていい、というか、多いにお互いお願いし合うべきでしょう。正直に、率直に、謙虚に。
>たとえば在日外国人管理職試験裁判の原告である鄭さんがいった事について
嫌韓・反在日の人は言葉をあらげます
それを聞いて反日も勢いを増します。まったく泥試合だ。
日本人と在日が仲良くなったら自分達の存在理由がなくなる人達が
しかけた謀略であんなに大きくマスコミに報じられたのではないかと疑いたくなります
マスコミ自身にはマスコミ特有の独善的発想があり、意識的な「謀略」じみているのは某A紙くらいだろうと思いますが、結果としてダレさんがおっしゃっているようなことは起こっていますね。まさに、
>日本人と在日が仲良くなったら自分達の存在理由がなくなる人達
によって。
>彼女の考えと違う在日のかたがいたら
「俺はちがうぜ・私は違うわ」と普通に暮らす中で言ってほしいのです
あちこちでこうささやかれたらそれは大きな声になります
それで、鄭さん自身の言動の(自己)責任が棚上げにされるわけではないでしょうが、
>「俺はちがうぜ・私は違うわ」
という普通の在日の普通の声が普通の日本人に普通に聞こえてくれば、ずいぶん違った世の中になりますよね。
>あと私たちができることは日本人側のおかしな意見に
それは違うのではないか言い続けて考えるきっかけにしてもらうことでしょうか
それは大切なことだと思います。
他者の言動は結局自分自身を省みるためにある部分が大きいのですから、そのためには、お互いがお互いのおかしさを指摘しあうことは絶対に必要です。
>最近コリアン・ザ・サードという個人のHPで
そこに集う在日のかたの意見を読んでいると
帰化や自分についての考え方が
ここのトピで聞かせていただいた多くの在日のかたの考えより
さらりとしていて、より日本人の考え方に近いと感じたのです
私もあのサイトはざっと読んでみたのですが、そうですか、ダレさんは
>さらりとして
いるように感じられましたか。新たな見方を提供していただきました。
>日本人になるにはよく考えろというゼロさんとか
自分の民族について真剣にかんがえていたLeeさんが
古い男に見えました(けっして悪い意味じゃないです。ほめているつもりです)
よくわかります。
古風な男というものは、それもまたとってもカッコイイものですから。
>確かに日本とその中の在日の世界は変わりつつあると思います
これはもう、ダレさんがおっしゃったように、
>「俺はちがうぜ・私は違うわ」と普通に暮らす中で言ってほしいのです
あちこちでこうささやかれたらそれは大きな声になります
という事態になれば、ナゴヤン殿(けしからん男だけど! 反省したならいいか)がおっしゃったような、真の「共生」の第一歩でしょう。
とはいえ、
>後は朝鮮半島の二つの国がどう動くかが気になるところです
というところが、まったくもって重要なことなのですよね。それを背負っての、「日本人と在日」のともに有る(共生だろうと、イヤな言葉だけれど寄生だろうと)社会ですからねぇ。
では、お身体、お労わりください。
失礼します。
これは メッセージ 28825 (daremosiranai0818 さん)への返信です.
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