リラさんへ>亀さん
投稿者: yotaro47j 投稿日時: 2004/11/16 08:15 投稿番号: [24938 / 44985]
おはようございます。
外務省の調査団?も帰ってきて、薮中局長のように疲れ果てた日本国民ではありますが、悲しみがつのるばかりの横田夫妻の姿をみていると切ない。
めぐみさんの、夫と名乗る男が、2年以上たってから土葬されていためぐみさんの遺体を掘り返し、その骨を拾い「焼いた」という。私にはこのことが、異様な心の動きとしか感じられない、うしろめたい後悔があったのか、証拠隠滅か、又は、そういう北朝鮮の風習なのか。
私は、経済制裁するべきだと思いました。その実効性に疑義をはさむむきもありますが、私は大いにあるだろうと確信しております。すくなからざるダメージを与えられる。
で、返事遅れの宿題ですが、永遠に宿題にしてください;;
>「……主はあなたに出陣を命じ、行って、罪を犯したアマレクを滅ぼし尽くせ、彼らを皆殺しにするまで戦い抜け、と言われた。何故あなたは、主の御声に聞き従わず、戦利品を得ようと飛びかかり、主の目に悪とされることを行ったのか。」
この『サムエル記』の記述にはいろいろ考えさせられました。宗教的「思い」はその時代の流れの中で生きているものなのかも知れません。人に都合のいいように書き換えが可能、解釈の変更が可能だということも含んでいるように思います。日本国憲法のように。思えば、日本国憲法も宗教じみたところがあります(特に社民党なんかには)。
リラさんに聖書の話は、釈迦に説法、蟻地獄;;
最後に日本基督教団の大平洋戦争の時の檄文?です
「サタンの狂暴に対する一大殲滅戦の進軍を告ぐる角笛は高らかに吹き鳴らされたのである。聖にして義なる神よ、願わくば起き給え!
而して我らの出でゆく途に常に偕に在して、行手を照らし助け導き給え。」
サタンとはいわずもがなの鬼畜米英ですが、このような激しさはイスラムにも同様に見られるもののような気がします。仏教にはそうした激しさはないように思います。
では。
これは メッセージ 24882 (lilasnosakukoro さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019565/kldabaaf_1/24938.html