サンデーさんへ
投稿者: ex666_a0 投稿日時: 2003/08/19 19:18 投稿番号: [2311 / 44985]
かなり「ムッ」と来てたでしょう。
今の日本人が行なおうとしているのは
「かつて我々がなした事はなんだったのか。事実はいったいどういう様相だったのか。」
という、検証です。
国内でもかつての大日本帝国のありようには批判的な意見が大多数です。
ただ、
世界史的観点から見ると、60年前は支配するものとされるものしか選択肢はなかった(スイスなどは例外)。
以前インド人がなにかの討論で言っていた事を思い出します。
「日本はああするしかなかったんだ。白人どもはインドまで既に来ていたんだから。」
これは好意的ではありますが、あまり良くない事を日本がやむを得ず行なってしまった事を意味しています。
日本は支配する側に成る事で自らを守ろうとした。
これが「大東亜戦争自衛戦争説」です。
もっとも、支配される側になった国々はたまったものではなかったわけです。
ただ、台湾などはそれ以前から中国に搾取され蔑視されてきた経緯がある為に、
「たしかに日本は台湾人を殺した。しかし、中国はもっと多くの台湾人を殺したよ。」
「中国の人間は我々の国を化外の地と呼び、我々を蔑視した。しかし日本人は我々を人間として扱ってくれた」
とまで言う。
有難いことではある。
が、ここに問題がある。
朝鮮は、朝鮮人は自らの国を化外の地とは思ってなかった。
信じられない事だが日本よりは文化的な国と思っていたし、今も思っている。
私は創氏改名は日本の善意からのいらぬ御節介だったのではと思う。
もう一つは自らの経済圏を統治するうえで、同じ言語、同じ名前の方が都合が良かったという事も考えられる。
ただ、それが朝鮮人のアイデンティティーを破壊し憎しみを買うなど思いもよらなかったのだろう。
このあたりは、善意で侵攻したアメリカがイラクでどんな評判かと相通ずると思う。
では。
これは メッセージ 2297 (sunday7227 さん)への返信です.
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