助成と強制徴用>yasuragi53氏
投稿者: kokusaikouhou 投稿日時: 2003/08/18 23:26 投稿番号: [2242 / 44985]
>君たちは
今
在日が
どうして日本にすみついたのか知ってて書いていますか。
知ってて書いています。
多分こういう主張をする人がでると予想していましたが、案の定ですな。
yasuragi53氏は、多分所謂「強制徴用」のことを言いたいのだと思いますが、このような粗雑な主張をすること自体、yasuragi53氏は残念ながら反日教育に冒されている、と言わざるを得ませんな。
この問題については、未整理なので又機会を改めてと思っていたのですが、簡単に・・
議論の前提として、
① 強制徴用はどの程度あったのか
② 「強制」は誰がしたのか
③ 「強制徴用」で日本に来た朝鮮人は何時まで日本にいたのか
という3点。特に①と③は最低限確認しておく必要があると思います。
①の点ですが、昭和10年までは、日本政府は朝鮮人の来日を取締まっていましたが、密航者が多く取り締まりに手を焼いていた時代でもあります。
なお1974年法務省編「在留外国人統計」によれば、昭和20年9月1日以前の日本上陸者の内8万3030人を調査した結果、昭和10年までに渡来したものが全体の53.7%を占めています。
その後昭和17年までは、日本企業が朝鮮で自由に労働者を「募集」することを許可した時代ですが、朝鮮から日本内地へは渡航制限をしていたにも拘らず密航してでも出稼ぎしようとする朝鮮人が一杯いたのですから(1930年代後半は毎年2000人から5000人ほどの密航者が摘発され、民間募集が始まった前年である昭和14年は7400人)「強制連行」等しなくても労働者は確保できた時代です。
昭和17年からは総督府が朝鮮人労働者を募集した「官斡旋」の時代で、これを強制徴用に含むかどうかは、官斡旋が面(村)ごとに人数を割り当てていたので強制されやすい反面、官斡旋で労働現場に来た朝鮮人労働者が就職先を辞めても罰則がなく、転職しても食糧の配給を受けられたことから、微妙なところだと思います。
その後昭和19年9月から関釜連絡船が閉鎖された昭和20年3月までの6ヶ月間は、国民徴用令が朝鮮人にも適用されることになり、この時期の来日者は「強制徴用」の名に相応しいのですが、この期間は米軍の潜水艦が日本海を制圧しつつある時期で、そう簡単に朝鮮半島から内地に労働者を移入することはできません。
さて、この時点で既に戦前日本に渡ってきた朝鮮人のうち、「強制徴用」或いは「強制連行」された人の割合は、実はかなり少ないことはご理解いただけると思います。
次に③の点ですが、終戦後占領軍の命令によって日本政府は、引揚げ船を準備し、運賃無料、持ち帰り荷物制限230キロまでという条件で朝鮮人を帰郷させています。
この結果終戦時約200万にいたとされる朝鮮半島出身者のうち、昭和21年末までに約140万人が朝鮮に帰郷し、約60万人が日本にとどまりました。
さて、「運賃無料、持ち帰り荷物制限230キロまで」という条件で帰郷できるとした場合、朝鮮半島から「強制連行」され着の身着のままで強制労働に従事させられていた人(つまり日本での生活基盤を作る余裕のなかった人)が、日本に残ることを選択するでしょうか?
日本に残ることを選択するのは、生活基盤を日本で形成した人、つまり早い時期に来日した人だと考えるのが合理的でしょう。
となると、現在の在日韓国・朝鮮人のうち、強制連行或いは強制徴用されて来日した人及びその子孫の割合は、更に少ないと考えられます。
しかもその後、悪名高い「帰還事業」で84年7月までに9万3340人が帰還されていますしね・・。
私の知識は概略この程度ですが、さて,これを前提にした場合、「悪いけど アフガニスタンと比べる問題じゃない」と言えますかな。
知ってて書いています。
多分こういう主張をする人がでると予想していましたが、案の定ですな。
yasuragi53氏は、多分所謂「強制徴用」のことを言いたいのだと思いますが、このような粗雑な主張をすること自体、yasuragi53氏は残念ながら反日教育に冒されている、と言わざるを得ませんな。
この問題については、未整理なので又機会を改めてと思っていたのですが、簡単に・・
議論の前提として、
① 強制徴用はどの程度あったのか
② 「強制」は誰がしたのか
③ 「強制徴用」で日本に来た朝鮮人は何時まで日本にいたのか
という3点。特に①と③は最低限確認しておく必要があると思います。
①の点ですが、昭和10年までは、日本政府は朝鮮人の来日を取締まっていましたが、密航者が多く取り締まりに手を焼いていた時代でもあります。
なお1974年法務省編「在留外国人統計」によれば、昭和20年9月1日以前の日本上陸者の内8万3030人を調査した結果、昭和10年までに渡来したものが全体の53.7%を占めています。
その後昭和17年までは、日本企業が朝鮮で自由に労働者を「募集」することを許可した時代ですが、朝鮮から日本内地へは渡航制限をしていたにも拘らず密航してでも出稼ぎしようとする朝鮮人が一杯いたのですから(1930年代後半は毎年2000人から5000人ほどの密航者が摘発され、民間募集が始まった前年である昭和14年は7400人)「強制連行」等しなくても労働者は確保できた時代です。
昭和17年からは総督府が朝鮮人労働者を募集した「官斡旋」の時代で、これを強制徴用に含むかどうかは、官斡旋が面(村)ごとに人数を割り当てていたので強制されやすい反面、官斡旋で労働現場に来た朝鮮人労働者が就職先を辞めても罰則がなく、転職しても食糧の配給を受けられたことから、微妙なところだと思います。
その後昭和19年9月から関釜連絡船が閉鎖された昭和20年3月までの6ヶ月間は、国民徴用令が朝鮮人にも適用されることになり、この時期の来日者は「強制徴用」の名に相応しいのですが、この期間は米軍の潜水艦が日本海を制圧しつつある時期で、そう簡単に朝鮮半島から内地に労働者を移入することはできません。
さて、この時点で既に戦前日本に渡ってきた朝鮮人のうち、「強制徴用」或いは「強制連行」された人の割合は、実はかなり少ないことはご理解いただけると思います。
次に③の点ですが、終戦後占領軍の命令によって日本政府は、引揚げ船を準備し、運賃無料、持ち帰り荷物制限230キロまでという条件で朝鮮人を帰郷させています。
この結果終戦時約200万にいたとされる朝鮮半島出身者のうち、昭和21年末までに約140万人が朝鮮に帰郷し、約60万人が日本にとどまりました。
さて、「運賃無料、持ち帰り荷物制限230キロまで」という条件で帰郷できるとした場合、朝鮮半島から「強制連行」され着の身着のままで強制労働に従事させられていた人(つまり日本での生活基盤を作る余裕のなかった人)が、日本に残ることを選択するでしょうか?
日本に残ることを選択するのは、生活基盤を日本で形成した人、つまり早い時期に来日した人だと考えるのが合理的でしょう。
となると、現在の在日韓国・朝鮮人のうち、強制連行或いは強制徴用されて来日した人及びその子孫の割合は、更に少ないと考えられます。
しかもその後、悪名高い「帰還事業」で84年7月までに9万3340人が帰還されていますしね・・。
私の知識は概略この程度ですが、さて,これを前提にした場合、「悪いけど アフガニスタンと比べる問題じゃない」と言えますかな。
これは メッセージ 2200 (yasuragi53 さん)への返信です.
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