ttt98ppo氏へ(2)
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/09/28 11:28 投稿番号: [22312 / 44985]
>>あの恥知らずなよど号ハイジャック犯どもに大なり小なり繋がるような日本人、北朝鮮に対して日本人がもっとも優越性を保たねばならないときに事件を起こした刀剣友の会(征伐隊)の事件当事者の類をもっとも嫌悪し、断罪しているのだ。
>↑このように、どのような「日本人」であっても、本当の「日本人」ならば、このように「日本人」に対してひどい「憎しみ」を持つこと自体が考えられないのですが・・・
では投稿者は、日本人でありながら同じ日本人の多くを人質にとって生命の危険にさらさせ、さらには、同じ日本人の海外留学生らを他国(ずばり北朝鮮)で政治的に利用するために誘拐した連中であっても、「同じ日本人」ならばただそれだけで、朝鮮半島の人々よりも温かい態度で許す、とおっしゃるのか。
その言葉を、ぜひ、いまだ存命のよど号事件の被害者諸氏、有本恵子さんや石岡亨さんほかの拉致被害者家族のかたがたのまえで明言していただきたいものだ。その場には、この私も立ち会おう。
>↑宜しければ、この証拠となるもののリンク先を提示してもらっても良いでしょうか・・?
○「従軍慰安婦問題」
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/honbun/nikkan6.html
>まず、「従軍慰安婦」なる用語は戦後生まれたもので、当時は存在しなかったからです。又、「従軍慰安婦」問題で、日本の進歩的文化人や支援者達は「女子挺身隊」と混同しますが、「女子挺身隊」は軍需工場等で、落下傘(パラシュート)や兵器の生産に従事した女性達の事であって、決して、「売春」を生業(なりわい)とはしていませんでした(私の伯母も「女子挺身隊」だった)。そして、決定的な事ですが、「従軍慰安婦」は明らかに歴史捏造の産物だと言う事です。
平成3(1991)年末、かの『朝日新聞』が「従軍慰安婦」問題で徹底的な糾弾キャンペーンを展開した事がありました。この時、吉田清治(よしだ-せいじ)氏の著書『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(三一書房 1983)の「慰安婦狩り」の問題が、
「済州(チェジュ)島にて軍の協力により、慰安婦狩りを行い、一週間で205人の女性を強制連行した」
と言う記事として掲載されました。しかし、その後、千葉大学の秦郁彦(はた-いくひこ)教授の実地調査では、吉田氏の著書は「捏造」である事が発覚(その報告は『正論』1992年6月号 に詳しい)。又、『週刊新潮』1995年1月5日号 の取材結果でも、事実無根である事が判明。当の著者も「あれは創作だった」と認めたのです(記事捏造がお得意な、天下の大新聞『朝日新聞』の面目躍如ですね>笑)。 では、世に言われる「従軍慰安婦」は全く存在しなかったのでしょうか? 実は存在していたのです。しかし、その実態は、戦後言われるようになった「従軍慰安婦」とは全く違うものだったのです。
戦時中、「従軍慰安婦」は存在した。この一語を以て、進歩的文化人や支援者達は小躍りするかも知れませんが、それは彼らの早合点と言うものです。私が言いたいのは、民間業者が日本軍向けに行っていた「売春」は存在しただろうが、日本政府・軍が「国策」として、「従軍慰安婦」に関与した事実は無いと言う事です(両者を混同すべきではない)。まず、当時 ── 戦後になって「従軍慰安婦」と呼ばれる事となる女性達の多くが、大和撫子(やまとなでしこ) ── 「日本女性」だったと言う事実です。そして、彼女達は「強制連行」されて来た訳ではなく、自ら「志願」してその世界に飛び込んだと言う事実です。よく、「従軍慰安婦」と言うと、軍の管理する施設に「隔離」され、外界とは接触を許されずに、来る日も来る日も、日本兵の相手をさせられたと言う事になっていますが、これも虚偽です。彼女達は、食べ物にも事欠くご時世の中、「三度の飯」が保障される「従軍慰安婦」の世界に自ら飛び込みましたが、軍の管理する施設に隔離等されてはいませんでした。又、時として、「客」として通ってくる常連兵士と街に出て、ご馳走を飲み食いし、ダンスを踊ったりして楽しんだ共言います。こう言う証言に接すると、当時の「従軍慰安婦」達と、現代の風俗嬢達と、一体、待遇で何処が違うのか?と考えざるを得ません。
○「在日の強制連行問題」
『在日・強制連行の神話』 鄭大均著 文春文庫
に詳しい。
>現実を見てください・・・
そのお言葉、投稿者にお返ししよう。
>↑このように、どのような「日本人」であっても、本当の「日本人」ならば、このように「日本人」に対してひどい「憎しみ」を持つこと自体が考えられないのですが・・・
では投稿者は、日本人でありながら同じ日本人の多くを人質にとって生命の危険にさらさせ、さらには、同じ日本人の海外留学生らを他国(ずばり北朝鮮)で政治的に利用するために誘拐した連中であっても、「同じ日本人」ならばただそれだけで、朝鮮半島の人々よりも温かい態度で許す、とおっしゃるのか。
その言葉を、ぜひ、いまだ存命のよど号事件の被害者諸氏、有本恵子さんや石岡亨さんほかの拉致被害者家族のかたがたのまえで明言していただきたいものだ。その場には、この私も立ち会おう。
>↑宜しければ、この証拠となるもののリンク先を提示してもらっても良いでしょうか・・?
○「従軍慰安婦問題」
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/honbun/nikkan6.html
>まず、「従軍慰安婦」なる用語は戦後生まれたもので、当時は存在しなかったからです。又、「従軍慰安婦」問題で、日本の進歩的文化人や支援者達は「女子挺身隊」と混同しますが、「女子挺身隊」は軍需工場等で、落下傘(パラシュート)や兵器の生産に従事した女性達の事であって、決して、「売春」を生業(なりわい)とはしていませんでした(私の伯母も「女子挺身隊」だった)。そして、決定的な事ですが、「従軍慰安婦」は明らかに歴史捏造の産物だと言う事です。
平成3(1991)年末、かの『朝日新聞』が「従軍慰安婦」問題で徹底的な糾弾キャンペーンを展開した事がありました。この時、吉田清治(よしだ-せいじ)氏の著書『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(三一書房 1983)の「慰安婦狩り」の問題が、
「済州(チェジュ)島にて軍の協力により、慰安婦狩りを行い、一週間で205人の女性を強制連行した」
と言う記事として掲載されました。しかし、その後、千葉大学の秦郁彦(はた-いくひこ)教授の実地調査では、吉田氏の著書は「捏造」である事が発覚(その報告は『正論』1992年6月号 に詳しい)。又、『週刊新潮』1995年1月5日号 の取材結果でも、事実無根である事が判明。当の著者も「あれは創作だった」と認めたのです(記事捏造がお得意な、天下の大新聞『朝日新聞』の面目躍如ですね>笑)。 では、世に言われる「従軍慰安婦」は全く存在しなかったのでしょうか? 実は存在していたのです。しかし、その実態は、戦後言われるようになった「従軍慰安婦」とは全く違うものだったのです。
戦時中、「従軍慰安婦」は存在した。この一語を以て、進歩的文化人や支援者達は小躍りするかも知れませんが、それは彼らの早合点と言うものです。私が言いたいのは、民間業者が日本軍向けに行っていた「売春」は存在しただろうが、日本政府・軍が「国策」として、「従軍慰安婦」に関与した事実は無いと言う事です(両者を混同すべきではない)。まず、当時 ── 戦後になって「従軍慰安婦」と呼ばれる事となる女性達の多くが、大和撫子(やまとなでしこ) ── 「日本女性」だったと言う事実です。そして、彼女達は「強制連行」されて来た訳ではなく、自ら「志願」してその世界に飛び込んだと言う事実です。よく、「従軍慰安婦」と言うと、軍の管理する施設に「隔離」され、外界とは接触を許されずに、来る日も来る日も、日本兵の相手をさせられたと言う事になっていますが、これも虚偽です。彼女達は、食べ物にも事欠くご時世の中、「三度の飯」が保障される「従軍慰安婦」の世界に自ら飛び込みましたが、軍の管理する施設に隔離等されてはいませんでした。又、時として、「客」として通ってくる常連兵士と街に出て、ご馳走を飲み食いし、ダンスを踊ったりして楽しんだ共言います。こう言う証言に接すると、当時の「従軍慰安婦」達と、現代の風俗嬢達と、一体、待遇で何処が違うのか?と考えざるを得ません。
○「在日の強制連行問題」
『在日・強制連行の神話』 鄭大均著 文春文庫
に詳しい。
>現実を見てください・・・
そのお言葉、投稿者にお返ししよう。
これは メッセージ 22311 (lilasnosakukoro さん)への返信です.
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