choi様
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/09/28 10:09 投稿番号: [22308 / 44985]
おはようございます。
>リラさん、健康を取り戻されたようですね。
>良かったです。祝下ハムニダ。
ありがとうございます。
>地域対立は解消せず、まるで朝鮮王朝の東西南北派、老小派の
派閥争いに明け暮れた状態が今の韓国でしょう。
これも李朝500年朱子学の伝統かなと、ふと名古屋殿の意見が頭をよぎります。
私は、実は李王朝500年の歴史を、ある知り合いに頼まれて協力しながら勉強しました。ですので、おっしゃっていることはほぼ察しがついております。ただし、時代を区切りましたので、せいぜい日韓併合まで(後は、李朝最後の皇太子妃になられた李方子妃の伝記を読んだくらい)です。
もし、ご興味がおありでしたら、
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019565&tid=kldabaaf&sid=552019565&mid=13980
からはじまる一連の投稿に目を通されてください。
>やはりノテウは大統領の器じゃない。
こう書くとこれを読んでおられる在日のかたのなかには不愉快になられるかたもおられると思いますが、私もまったくそう思います。
彼は、どこか元アメリカ大統領のジミー・カーターを思わせます。
>同意です、結局あの戦争の総括を日本人自身が避けてきたのではないでしょうか。
韓国側も併合時代の総括をすべきです。
その通りですね。
周囲をかつての敵対国に囲まれ、しかも東西に分裂させられたドイツと違い、日本はアメリカの傘の下でいわば勝手に「過去は水に流して」と言っていられました。
ですが、今、まさにそのことが自分たち自身に跳ね返ってきています。特に、サヨク勢力に。私はソ連邦が崩壊した後もサヨク系の政党がろくな反省もせず政界にふんぞり返っているのが不愉快でなりませんでした。ですが、今回、金正日が日本人拉致を公の場で認めたことで、ようやく左翼勢力にも総括の機会が訪れたと思っております。まあ、その機会を生かすことはできないでしょうが。
韓国側もまた、かつて朴正煕の業績を正当に評価したころもあったように、勇気を持って過去の時代を冷静に見つめなおしてほしいと、隣国人として切実に思います。(なお、彼の夫人陸英修女史について私は非常に興味を持っています。資料がそろえば世界史トピで紹介したいのですが、お勧めの本はございませんか?)
><多分リラさんと併合時代の解釈では立場が異なると思いますが>
僕が日本に感謝している点は、近代国家、若しくは民族意識を植え付けてくれたという点です。
日本は嫌な役割でしたね。これも歴史の必然なのか、光と陰なのかと思います。
私には、実際にはあの時代に本当にはなにが起こっていたのか具体的なイメージがないのです。
韓国側のクレームの否定はできます。日本側の極端な言い分けも。
・いわゆる「従軍慰安婦」なるものは存在しなかった。(民間業者が商売の対象としていた慰安婦は、韓国人に限らず日本人も含めていただろう)
・いわゆる強制連行されたとされる朝鮮人の数は、巷間流布されているよりもはるかに少ないに違いない。
・日本が国家予算を使って朝鮮半島のインフラ整備をしたのは事実。
・しかし、ではまったく朝鮮人差別がなかったかというと、とてもそうは思えない。李王朝に嫁がれた梨本宮方子妃も、「朝鮮の王族なんて……」と陰口を叩かれ不愉快な思いをされたことをのちに吐露しておられる。
・京城で思春期を過ごした中島敦は、昭和4年に発表した『巡査の居る風景』で、日本人に対して卑屈にならざるを得ない朝鮮人の心情を切々と描いている。
これらのことから考えて、やはり日本にはアジアの盟主となるという気負いがあり、それが善意や理想に基づくものであったとしても、ときとして他の国には鼻持ちならないものと映ったのではないか、という思いが致します。
そして、実際に日韓で市井の人々がどのような交流を為していたのかを知るのに、『私が朝鮮半島でしたこと』(松尾茂著 草思社)という本を見つけました。これらを紐解きながら、当時の様子を木目細かく、できるかぎりの思いこみや決めつけを避けながら当時の様子を知りたいと思っております。
まずは、でき得るかぎりそうあったであろう過去を知ることが重要であり、誰かが誰かを弾劾していい気分になることは少しも建設的ではありませんから。(日韓両国にとって)
それでは失礼致します。
>リラさん、健康を取り戻されたようですね。
>良かったです。祝下ハムニダ。
ありがとうございます。
>地域対立は解消せず、まるで朝鮮王朝の東西南北派、老小派の
派閥争いに明け暮れた状態が今の韓国でしょう。
これも李朝500年朱子学の伝統かなと、ふと名古屋殿の意見が頭をよぎります。
私は、実は李王朝500年の歴史を、ある知り合いに頼まれて協力しながら勉強しました。ですので、おっしゃっていることはほぼ察しがついております。ただし、時代を区切りましたので、せいぜい日韓併合まで(後は、李朝最後の皇太子妃になられた李方子妃の伝記を読んだくらい)です。
もし、ご興味がおありでしたら、
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019565&tid=kldabaaf&sid=552019565&mid=13980
からはじまる一連の投稿に目を通されてください。
>やはりノテウは大統領の器じゃない。
こう書くとこれを読んでおられる在日のかたのなかには不愉快になられるかたもおられると思いますが、私もまったくそう思います。
彼は、どこか元アメリカ大統領のジミー・カーターを思わせます。
>同意です、結局あの戦争の総括を日本人自身が避けてきたのではないでしょうか。
韓国側も併合時代の総括をすべきです。
その通りですね。
周囲をかつての敵対国に囲まれ、しかも東西に分裂させられたドイツと違い、日本はアメリカの傘の下でいわば勝手に「過去は水に流して」と言っていられました。
ですが、今、まさにそのことが自分たち自身に跳ね返ってきています。特に、サヨク勢力に。私はソ連邦が崩壊した後もサヨク系の政党がろくな反省もせず政界にふんぞり返っているのが不愉快でなりませんでした。ですが、今回、金正日が日本人拉致を公の場で認めたことで、ようやく左翼勢力にも総括の機会が訪れたと思っております。まあ、その機会を生かすことはできないでしょうが。
韓国側もまた、かつて朴正煕の業績を正当に評価したころもあったように、勇気を持って過去の時代を冷静に見つめなおしてほしいと、隣国人として切実に思います。(なお、彼の夫人陸英修女史について私は非常に興味を持っています。資料がそろえば世界史トピで紹介したいのですが、お勧めの本はございませんか?)
><多分リラさんと併合時代の解釈では立場が異なると思いますが>
僕が日本に感謝している点は、近代国家、若しくは民族意識を植え付けてくれたという点です。
日本は嫌な役割でしたね。これも歴史の必然なのか、光と陰なのかと思います。
私には、実際にはあの時代に本当にはなにが起こっていたのか具体的なイメージがないのです。
韓国側のクレームの否定はできます。日本側の極端な言い分けも。
・いわゆる「従軍慰安婦」なるものは存在しなかった。(民間業者が商売の対象としていた慰安婦は、韓国人に限らず日本人も含めていただろう)
・いわゆる強制連行されたとされる朝鮮人の数は、巷間流布されているよりもはるかに少ないに違いない。
・日本が国家予算を使って朝鮮半島のインフラ整備をしたのは事実。
・しかし、ではまったく朝鮮人差別がなかったかというと、とてもそうは思えない。李王朝に嫁がれた梨本宮方子妃も、「朝鮮の王族なんて……」と陰口を叩かれ不愉快な思いをされたことをのちに吐露しておられる。
・京城で思春期を過ごした中島敦は、昭和4年に発表した『巡査の居る風景』で、日本人に対して卑屈にならざるを得ない朝鮮人の心情を切々と描いている。
これらのことから考えて、やはり日本にはアジアの盟主となるという気負いがあり、それが善意や理想に基づくものであったとしても、ときとして他の国には鼻持ちならないものと映ったのではないか、という思いが致します。
そして、実際に日韓で市井の人々がどのような交流を為していたのかを知るのに、『私が朝鮮半島でしたこと』(松尾茂著 草思社)という本を見つけました。これらを紐解きながら、当時の様子を木目細かく、できるかぎりの思いこみや決めつけを避けながら当時の様子を知りたいと思っております。
まずは、でき得るかぎりそうあったであろう過去を知ることが重要であり、誰かが誰かを弾劾していい気分になることは少しも建設的ではありませんから。(日韓両国にとって)
それでは失礼致します。
これは メッセージ 22281 (choiboomyoung さん)への返信です.
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