イメージで語るという恐れへの懸念
投稿者: icboyno1 投稿日時: 2003/08/16 22:42 投稿番号: [2189 / 44985]
>「報道パターンの単純化」を批判するのは、踏み込み過ぎだと思います。
私が最初に申し上げたことと関係あるのですが、報道のイメージで北朝鮮を語られることが恐いのです。
もちろん全員がそのようになるなどとまで申し上げるつもりはないですが、私は北朝鮮に限らずメディアや口コミがイメージで語ることを非常に懸念します。
古森義久さんと近藤紘一さんの共著に「国際報道の現場から」という中央公論社から出た本があるのですが、その中には日本のベトナム戦争報道について日本での解放戦線を巡る報道などを中心に南ベトナム現地の実態と異なっており、読者をミスリードしたのではないかという点が批判されていました。また近藤氏はコラムで南ベトナム大統領選挙についての問題点について南ベトナムに民主主義の基盤整備がないままにアメリカ流の議会や大統領制度などを押し付けたアメリカのご都合主義批判を書こうとしたところ、本社側は記事をボツにして南ベトナム大統領選挙戦における不正や腐敗ぶりだけを面白おかしく書くというポピュリズム的な記事にしたことなどを本書で述べています。そして古森・近藤両氏はマスコミがイメージ先行で記事を語る傾向があるのは事実ですが、国際面の記事となると距離的な面もあるせいかいい加減なことや虚飾、書き得が多いと主張します。
もちろんこれは飽くまでも近藤・古森両氏の考えであり、マスコミの一面でしかないという反論もあるかもしれませんし、またすべての面で実体験だけで物事を語ることは困難ではありますが、私個人としては海外、特に国交のない国、取材制限などがある国、戦乱状況にある国などの報道については取材傾向が偏りがちになりやすく、客観性を保障できるのかという不信感を持っています。
これは メッセージ 2187 (toyama_port_ship さん)への返信です.
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