よりよい共生を目指すため
投稿者: nagoyan_2shiki 投稿日時: 2004/08/25 21:45 投稿番号: [21064 / 44985]
>自称元「従軍」慰安婦なる連中の客観的な証拠と明らかに異なる証言
>或いは証言そのものの不自然な変遷を問題にしているのです。
その指摘自体は正しい。
但し、「記憶と慰霊」の次にくる話じゃ。
>「従軍」慰安婦については、その実態を云々する以前に、言葉自体が誤りであり
>しかもプロバガンダ用に捏造された非常に悪質な表現であるが故に「拒絶」しているのです。
言葉が気に入らないなら「慰安婦」と表現すればいい。
>何故第2次世界大戦当時の日本軍の「従軍」慰安婦を殊更に
>「記憶し、追悼するのがまずありき」なのですかね。
大東亜戦争という戦火の中で倒れたからじゃ。
靖国の英霊も、広島・長崎の被爆者も、東京大空襲の被災者も、
それぞれ「記憶と追悼」は必須じゃ。
>自国及び自分の祖先に対する不当且つ事実に反する誹謗中傷を排撃する前提として、
>事実関係を明確にしようとしているのですがね。
>そしてその過程の中で、明らかに事実を曲げた申立てをし金まで強請ろうとした連中を
>非難(罵倒)しているのですがね。
わしは国際殿の努力や非難を否定しない。
しかし、「記憶と追悼」を後回しにすべきではない。
わしの目から見ると、国際殿は個別の事例(国際殿のいう「ペテン師」)に焦点をあて、
全体の課題(慰安婦全体にどう向き合うか)をあいまいにしているように見える。
>私は別に「赦し」が必要だとも思っていません。
わしはよりよい共生を目指すために「赦し」が必要だと思っている。
これは メッセージ 21039 (kokusaikouhou666 さん)への返信です.
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