被害者面したペテン師
投稿者: kokusaikouhou666 投稿日時: 2004/08/23 20:00 投稿番号: [20967 / 44985]
なごやん殿とは違い、私は真面目に自称元従軍慰安婦は「被害者面したペテン師」だと判断している。
何度も指摘されているが、一番有名な嘘つきが日本で裁判まで起こした「金学順」。
この婆ぁ、平成3年8月10日に朝日新聞に掲載された記事の中では
「中国東北部で生まれ、17才の時騙されて慰安婦にされた。200人から300人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた」
と主張し、
同年12月25日の朝日新聞の記事では
「私は満州の吉林省で生まれました。父が、独立軍の仕事を助ける民間人だったので満州にいたのです。私が生後100日位の時、父が死にその後、母と私は平壌に行きました。貧しくて学校は普通学校(小学校)四年で止めました。その後は子守りをしたりして暮らしていました(中略)そこへ行けば金儲けが出来る、こんな話を地区の仕事をしている人に言われました。仕事の中身は言いませんでした。近くの友人と2人、誘いに乗りました。17才の春でした」と主張していた。
ところが同年8月14日のハンギョレ新聞(反日を方針とする韓国の新聞)では、
「生活が苦しくなった母親によって14才の時平壌にあるキ−センの検番に売られて行った。3年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れられて行った所が、北中国の日本軍三百名余りがいる部隊の前だった」
つまり金を売り飛ばしたのは朝鮮人である母親と「義父」だったことをここで始めて自白した。
又、東京地裁に提出した訴状でも
「14才からキ−セン学校に3年間通ったが、1939年、17才の春養父に連れられて中国へ渡った。」と主張している。
同じように今年死んだ自称・元従軍慰安婦のチョン・ソウンもとんでもない嘘つき婆ぁである。
↓の朝鮮日報の記事だけでもチョンがとんでもない嘘つき婆さんであることは簡単に証明できる。
http://japanese.joins.com/html/2004/0226/20040226185642400.html
チョンは「13歳のとき、インドネシアに連れて行かされ、7年間にわたって日本軍の従軍慰安婦として生きなければならなかった」と主張している。
しかし今年80歳のチョンが13歳のときに「インドネシアに連れて行かれた」とすれば、それは67年前、つまり1937年のことになるが、太平洋戦争の開戦は誰でも知っているとおり1941年12月8日であり、日本軍がインドネシアに侵攻したのは1942年3月のことである。
そして日本軍に駆逐されるまではオランダがインドネシアを植民地にしていたのだから、1937年にインドネシアで日本軍の慰安婦として働いていることはありえない。
しかもこの2人の屑婆どもは、恥ずかしげもなく日本政府に損害賠償まで請求しているが、こういう奴を「被害者面したペテン師」というのは正当な評価であろう。
何度も指摘されているが、一番有名な嘘つきが日本で裁判まで起こした「金学順」。
この婆ぁ、平成3年8月10日に朝日新聞に掲載された記事の中では
「中国東北部で生まれ、17才の時騙されて慰安婦にされた。200人から300人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた」
と主張し、
同年12月25日の朝日新聞の記事では
「私は満州の吉林省で生まれました。父が、独立軍の仕事を助ける民間人だったので満州にいたのです。私が生後100日位の時、父が死にその後、母と私は平壌に行きました。貧しくて学校は普通学校(小学校)四年で止めました。その後は子守りをしたりして暮らしていました(中略)そこへ行けば金儲けが出来る、こんな話を地区の仕事をしている人に言われました。仕事の中身は言いませんでした。近くの友人と2人、誘いに乗りました。17才の春でした」と主張していた。
ところが同年8月14日のハンギョレ新聞(反日を方針とする韓国の新聞)では、
「生活が苦しくなった母親によって14才の時平壌にあるキ−センの検番に売られて行った。3年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れられて行った所が、北中国の日本軍三百名余りがいる部隊の前だった」
つまり金を売り飛ばしたのは朝鮮人である母親と「義父」だったことをここで始めて自白した。
又、東京地裁に提出した訴状でも
「14才からキ−セン学校に3年間通ったが、1939年、17才の春養父に連れられて中国へ渡った。」と主張している。
同じように今年死んだ自称・元従軍慰安婦のチョン・ソウンもとんでもない嘘つき婆ぁである。
↓の朝鮮日報の記事だけでもチョンがとんでもない嘘つき婆さんであることは簡単に証明できる。
http://japanese.joins.com/html/2004/0226/20040226185642400.html
チョンは「13歳のとき、インドネシアに連れて行かされ、7年間にわたって日本軍の従軍慰安婦として生きなければならなかった」と主張している。
しかし今年80歳のチョンが13歳のときに「インドネシアに連れて行かれた」とすれば、それは67年前、つまり1937年のことになるが、太平洋戦争の開戦は誰でも知っているとおり1941年12月8日であり、日本軍がインドネシアに侵攻したのは1942年3月のことである。
そして日本軍に駆逐されるまではオランダがインドネシアを植民地にしていたのだから、1937年にインドネシアで日本軍の慰安婦として働いていることはありえない。
しかもこの2人の屑婆どもは、恥ずかしげもなく日本政府に損害賠償まで請求しているが、こういう奴を「被害者面したペテン師」というのは正当な評価であろう。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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