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カミノテさん&国際広報さん(3)

投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/04/24 20:12 投稿番号: [17065 / 44985]
>>或いは、負傷したドイツ兵が回復して首尾よく自軍の元に返り、そのフランスの村に攻め込んで無差別な虐殺に手を染め、自分を助けた女性だけは助けたとしたら、どうお考えになりますか?

  そのような例が、旧約聖書の中に描かれています。
  「ヨシュア記2章1節〜6章27節」に、ラハブという女性が登場します。彼女は、エリコの町に住む遊女でした。出エジプトからカナンの地に戻り、この地の征服に乗り出したイスラエル民族に肩入れして、イスラエルの指導者ヨシュアが派遣した斥候ををかくまいます。その代わり、イスラエル人がエリコを征服する折には自分と一族の命を助けてくれるよう約束させたのでした。
  エリコの征服を命じるヨシュアのセリフはこうです。
「主はあなたたちにこの町を与えられた。町とその中にあるものは、ことごとく滅ぼし尽くして主にささげよ。ただし、遊女ラハブおよび彼女と一緒に家の中にいる者は皆、生かしておきなさい。我々が遣わした使いをかくまってくれたからである」
  ラハブとその一族はイスラエル民族に迎え入れられました。そして、新約聖書によると、彼女はイスラエルの指導者層の一人と結婚し、その子孫からイエス・キリストが生まれたとか。

  エリコの原住民の側から見れば、ラハブは唾を吐きかけられるべき裏切り者、敵に自分の同郷人を売り渡した内通者者です。それは、正当な一つの見方でしょう。
  一方で、ユダヤ人から見れば恩人です。彼女のおかげで、イスラエル民族はカナンの地の要衝の一つを手に入れることができたのですから。
  そして、クリスチャンから見れば、彼女はキリストの血に繋がる意義ある女の一人です。
  どの見方にもそれぞれの言い分があり、それに対する反論があります。そして、中東問題になんの関心もない人から言わせれば、「そんな女は実在したかどうかさえ怪しい」で終わることもできるでしょう。
  ですが、個々人に一つだけ共通していることはあると私は思っています。それは、このラハブの物語を知ってしまった人は、彼女について、自分なりの感想は持たざるを得ないだろう、ということです。そして、それがどのようなものであれ、そのような感想を自身が選んだと他者が知った時に他者それぞれが持つだろう快・不快を受け入れねばならないのです。

  私に言えるのは、個々の人間は、このラハブや例のおかみさんの行為に対して自分がどのような立場を取るかを決断しなければならない時はある、ということです。その点では、以下の国際広報さんのお立場とは一致しないかもしれません。

>私は、法と道義乃至倫理が矛盾するケースは寧ろ稀であると思っています。

  ですが、立場は違え、以下のようにおっしゃっていることは自分なりに理解できます。

>私が世界市民とやらを信用しないのは、本来このような極めて稀な事態であるはずの法と倫理・道義の相克を拡大解釈し、或いは自分勝手な「倫理・道義」を振りかざして、法に従わないことを正当化する傾向が非常に強い、ということにも理由があります

  私の側から言えることは、「世界市民」達は、
「全世界の民が『世界市民』となるなら、ラハブや例のおかみさんの行為はどの方角からでも正当となる。それが人権というものである。だからこそ、『世界市民』という概念は素晴らしい」
とごまかすからです。私に言わせれば、それは自己決定とそれに伴う結果受容の責任を放棄しているにすぎません。ラハブも、例のおかみさんも、彼らのいいわけに自分が使われることを汚らわしいと思うでしょう。
  私は、ラハブの行為の顛末も、例のおかみさんの行為の顛末も、個々の人間が自分の人格とともに問い続けていくしかない事柄だと思っています。

  追記:
  女としての立場から言わせていただければ、ラハブが自分の同郷人を見限って別の部族の男に賭け、その結果その部族のエリートの一人を射止めたのは、あっぱれな行為だったと思います。賭けが実ったのね、という感嘆とやっかみの混じった気分で。
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