超宗教新聞3−2
投稿者: nagoyan_2shiki 投稿日時: 2004/04/07 00:58 投稿番号: [16003 / 44985]
「堂々とチマチョゴリが着たい―在日コリアンの子供たちの人権を考える集会について―」
http://www.janjan.jp/living/0404/0404052806/1.php「最後に日本人と在日コリアンが共生するためにはどんなことが大切かについては「日本人は日本の植民地政策や歴史認識ができていないから在日いじめが起こるので、お互いを尊重する土壌をつくらなくてはならない」「在日がマイノリティーであることを恥ずかしがらずにすむ社会をつくるには、在日側も被害者意識にとらわれず日本人に心を開くべきだ」などの意見が出された。」
日本人が植民地政策や歴史認識ができたらどうなるのか?
朝鮮人に「申し訳ない」と土下座して涙を流しながら謝罪すればいいのか?
また、在日の被害者意識ってなんだ?
在日は被害者でなければならないのか?
わしはそうは思わん。
歴史を学び反省し続けることは重要だが、
歴史認識をイジメに結びつけたり、在日に被害者意識があることを前提とする見解には同意できない。
「現在の小中高校でも日本軍による朝鮮半島の植民地支配や従軍慰安婦問題などについて子どもたちにきちんと教えていないことが、在日コリアンへの根強い誤解や偏見に結びついていると思われる。」
「きちんと教える」というのがミソ。
きちんと教えて、「永遠に謝罪と補償を続ける立派な反日日本人」にしたいんじゃろう。
「そこで、日本人の在日コリアンへの偏見をなくすための私なりの具体策としては、日本の小中高校に在日コリアン1世を招いて戦争中の体験をお話ししていただく、朝鮮学校と日本の小中学校との積極的な交流を図るなどである。」
朝鮮学校と日本学校の交流はいいが、1世の話は余計。
わしならもっとよい方法を知っている。
これは メッセージ 16002 (nagoyan_2shiki さん)への返信です.
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