worst_human83>博識ですな(^^;
投稿者: kokusaikouhou666 投稿日時: 2004/03/25 23:12 投稿番号: [15554 / 44985]
>貧困に飢えた人々が、「イスラーム」の名を借りてテロをしているだけであって、与えているわけではありません
イスラムの聖職者がテロリストを否定していますか?
寧ろテロを推奨しているように思えるのですが・・・
>決して貧困のみがテロリズムの温床とは言いませんが、同時に、貧困は決して切り離せない要因の一部であると思います。
貧困がテロの大きな要因の1であるということは、そのとおりだと思いますが、正確には貧困そのものではなく貧困に伴う絶望がテロの大きな要因なのだと思います。
また貧困だけではテロは起こりませんが、貧困がなくても政治的・宗教的なテロは起こります。
ある集団を貧困による絶望が覆っているときに、その集団の精神的指導者がテロに大義名分を与えることは止むを得ないところもあるとは思いますが、最小限無差別テロは避けるよう指導すべきでしょう。
それに今のアラブのテロを見ていると、ビン・ラディンのようなとんでもない大金持ちが、絶望にとらわれた貧しいアラブの若者を唆して無差別テロに走らせているようにしか思えないのですが・・
特に、14歳の子供を「天国では72人の処女が待っている」と騙して自爆テロを志願させた屑野郎の行動等は、正当化する余地は無いと思います。
>つーか最初に手を出したのは、イーガル・アミール。次に手を出したのはネタニエフの馬鹿だと思うんだが・・・
?イーガル・アーミルはラビン首相を殺害したユダヤ過激派で、アラブ人相手のテロはしていなかったと思うのですが・・・
極右のネタニエフが首相になったのは、1996年の総選挙の結果ですが、ネタニエフ率いるリクードが総選挙で圧勝したのは、無差別テロからの治安回復を公約にしたからです。
つまり1995年頃からハマスやジハードが無差別テロを繰り返したため、イスラエルの世論が対アラブ融和路線を唱える労働党から対アラブ強硬派のリクードへ傾いてしまったのです。
要するにネタニエのような狂信者が首相になれたのは、ハマスやジハードのお蔭なのです。
因みに、ヤシンが暴走しようとする若者を抑えるのを躍起になっていたというのは正直初耳です。
ヤシンはイスラエルとの共存を否定し、パレスチナ全土からのユダヤ人追放を要求して、イスラエルとの平和共存を唱え始めたアラファトを激しく非難していたと思うのですが・・・
>思想が狂気に転換して、時代が血を求めています。それは革命の前振りじゃないかと思っています。かつて日本も攘夷という一般的な思想が、長州によって狂気に変換したように、イスラム教も変換期に立たされているのじゃないでしょうか?
幕末の「尊王」という思想が「勤皇」という行動を伴う「狂気」に転換したのは、桜田門外の変からだと思います。
長州が狂ったのは、「七卿落ち」及びこれを直接の原因とする蛤御門の変からで、その直接の動機も、この変で戦死した来島又兵衛のいう「主辱められれば臣死す」という、長州藩の正規軍の長州藩主への忠誠心でした・・
これに対し桜田門外の変は、軍事政権である徳川幕府の最高権力者、しかも自分自身が「大名」という軍人(少なくとも建前上はw)が多数の護衛に守られているところを、白昼(早朝、かなw)堂々浪士(つまり主君との縁を切った武士)が討ち果たしたのですから、こちらの方が狂気のレベルが遥に上だと思います・・・
因みに「尊王の志士」の中には、長州の神代直人のような殺人狂としか思えない手合いもいましたし、公家が被害に遭うこともありましたが、基本的には襲撃相手は軍事政権のメンバーである武士(つまり軍人)でした。
ですから、「隠れ勤皇派」の私としては無辜の一般市民をターゲットにするアラブゲリラの無差別テロと、勤皇の志士の「天誅」を同一視されるのは極めて不本意なのですがww
そろそろ字数制限に抵触しそうなので、稿を改めます・・・
イスラムの聖職者がテロリストを否定していますか?
寧ろテロを推奨しているように思えるのですが・・・
>決して貧困のみがテロリズムの温床とは言いませんが、同時に、貧困は決して切り離せない要因の一部であると思います。
貧困がテロの大きな要因の1であるということは、そのとおりだと思いますが、正確には貧困そのものではなく貧困に伴う絶望がテロの大きな要因なのだと思います。
また貧困だけではテロは起こりませんが、貧困がなくても政治的・宗教的なテロは起こります。
ある集団を貧困による絶望が覆っているときに、その集団の精神的指導者がテロに大義名分を与えることは止むを得ないところもあるとは思いますが、最小限無差別テロは避けるよう指導すべきでしょう。
それに今のアラブのテロを見ていると、ビン・ラディンのようなとんでもない大金持ちが、絶望にとらわれた貧しいアラブの若者を唆して無差別テロに走らせているようにしか思えないのですが・・
特に、14歳の子供を「天国では72人の処女が待っている」と騙して自爆テロを志願させた屑野郎の行動等は、正当化する余地は無いと思います。
>つーか最初に手を出したのは、イーガル・アミール。次に手を出したのはネタニエフの馬鹿だと思うんだが・・・
?イーガル・アーミルはラビン首相を殺害したユダヤ過激派で、アラブ人相手のテロはしていなかったと思うのですが・・・
極右のネタニエフが首相になったのは、1996年の総選挙の結果ですが、ネタニエフ率いるリクードが総選挙で圧勝したのは、無差別テロからの治安回復を公約にしたからです。
つまり1995年頃からハマスやジハードが無差別テロを繰り返したため、イスラエルの世論が対アラブ融和路線を唱える労働党から対アラブ強硬派のリクードへ傾いてしまったのです。
要するにネタニエのような狂信者が首相になれたのは、ハマスやジハードのお蔭なのです。
因みに、ヤシンが暴走しようとする若者を抑えるのを躍起になっていたというのは正直初耳です。
ヤシンはイスラエルとの共存を否定し、パレスチナ全土からのユダヤ人追放を要求して、イスラエルとの平和共存を唱え始めたアラファトを激しく非難していたと思うのですが・・・
>思想が狂気に転換して、時代が血を求めています。それは革命の前振りじゃないかと思っています。かつて日本も攘夷という一般的な思想が、長州によって狂気に変換したように、イスラム教も変換期に立たされているのじゃないでしょうか?
幕末の「尊王」という思想が「勤皇」という行動を伴う「狂気」に転換したのは、桜田門外の変からだと思います。
長州が狂ったのは、「七卿落ち」及びこれを直接の原因とする蛤御門の変からで、その直接の動機も、この変で戦死した来島又兵衛のいう「主辱められれば臣死す」という、長州藩の正規軍の長州藩主への忠誠心でした・・
これに対し桜田門外の変は、軍事政権である徳川幕府の最高権力者、しかも自分自身が「大名」という軍人(少なくとも建前上はw)が多数の護衛に守られているところを、白昼(早朝、かなw)堂々浪士(つまり主君との縁を切った武士)が討ち果たしたのですから、こちらの方が狂気のレベルが遥に上だと思います・・・
因みに「尊王の志士」の中には、長州の神代直人のような殺人狂としか思えない手合いもいましたし、公家が被害に遭うこともありましたが、基本的には襲撃相手は軍事政権のメンバーである武士(つまり軍人)でした。
ですから、「隠れ勤皇派」の私としては無辜の一般市民をターゲットにするアラブゲリラの無差別テロと、勤皇の志士の「天誅」を同一視されるのは極めて不本意なのですがww
そろそろ字数制限に抵触しそうなので、稿を改めます・・・
これは メッセージ 15536 (worst_human83 さん)への返信です.
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