歴史の中の個人(1)
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/03/19 22:32 投稿番号: [15255 / 44985]
『剣ヶ崎』立原正秋(新潮文庫)
(補足説明)
・主人公の父親は、日朝の混血で大日本帝国軍人だった。しかし、日中戦争勃発後軍を脱走し、行方不明になった。おそらく、朝鮮の独立運動に参加したと思われる。主人公は日朝混血の父と日本人の母の間に生まれ、周囲から白眼視される中で戦争を生き延び、やがて韓国政府の要人となった父と再会する。
(本文)
「……ところで、おまえはいま、日本人になりきれているのか?」
「九分通りなりきれました。残りの一分は、私を受けいれてくれない日本人のために残してあるのです」
「どういうことだ?」
「学問、芸術の世界に国境がないというのは外国のことです。日本人の血を半分は享けている父さんにも判らない、島国根性というものがあり、それが私を受けいれてくれないわけです。私は、人からきかれれば、何分の一かは朝鮮の血が入っていると答えます。そうすると、相手の態度が目に見えない速度で変って行き、よそよそしくなっていくのです。理屈では割りきれない日本人の血、不思議な民族の血がそうさせるわけです。天皇にたいする理屈を超えた信仰、これは恐らく外国人には判らないと思います。しかし、彼等が受けいれてくれる、くれないは別問題です。私は日本人として生きるほか道がないのです.お祖父さんは、私のこんな考えを、おまえは必要以上にこだわっている、とよく言いますが、そして、これもまた別問題ですが、私の二人の子供は、もう、完全に日本人です。自分達のなかに、何分の一かは韓国人の血が入っているのを知らずに、あいつ朝鮮人だぜ、などと話しあっています。そうしたことを教えるのは日本の古い世代に属する人達ですが、日本という不思議な風土にうまれあわせた者として、仕方のないことだと思います」
「理解するしか方法がないのだ。日本の海軍軍人として自決した弟(主人公の叔父のこと)のことも、理解するしか方法はない。私の現在の立場を話しておこう。これは、まず有り得ないことだが、かりに、今後、韓国と日本のあいだで戦争がおきたとする。そのとき私は、韓国人として、母の国日本を滅亡させることに自分のすべてを投入するだろう。おまえの子供達は、反対に、韓国人を殺しにくるだろう。これが歴史だ。私には、悪循環こそは永遠である、などといった逆説めいた言葉はとうてい口に出来ない。おまえと私のあいだに溝があるとしたらこれだけだ。私は、もしかしたら、おまえとは理解しあえないかも判らない、と危惧を抱いていたが、ある程度は理解しあえたようだ。おまえはどうだ?」
「ええ。父さんも私も、たがいの道を行くよりほか方法がないと思います。……」
(補足説明)
・主人公の父親は、日朝の混血で大日本帝国軍人だった。しかし、日中戦争勃発後軍を脱走し、行方不明になった。おそらく、朝鮮の独立運動に参加したと思われる。主人公は日朝混血の父と日本人の母の間に生まれ、周囲から白眼視される中で戦争を生き延び、やがて韓国政府の要人となった父と再会する。
(本文)
「……ところで、おまえはいま、日本人になりきれているのか?」
「九分通りなりきれました。残りの一分は、私を受けいれてくれない日本人のために残してあるのです」
「どういうことだ?」
「学問、芸術の世界に国境がないというのは外国のことです。日本人の血を半分は享けている父さんにも判らない、島国根性というものがあり、それが私を受けいれてくれないわけです。私は、人からきかれれば、何分の一かは朝鮮の血が入っていると答えます。そうすると、相手の態度が目に見えない速度で変って行き、よそよそしくなっていくのです。理屈では割りきれない日本人の血、不思議な民族の血がそうさせるわけです。天皇にたいする理屈を超えた信仰、これは恐らく外国人には判らないと思います。しかし、彼等が受けいれてくれる、くれないは別問題です。私は日本人として生きるほか道がないのです.お祖父さんは、私のこんな考えを、おまえは必要以上にこだわっている、とよく言いますが、そして、これもまた別問題ですが、私の二人の子供は、もう、完全に日本人です。自分達のなかに、何分の一かは韓国人の血が入っているのを知らずに、あいつ朝鮮人だぜ、などと話しあっています。そうしたことを教えるのは日本の古い世代に属する人達ですが、日本という不思議な風土にうまれあわせた者として、仕方のないことだと思います」
「理解するしか方法がないのだ。日本の海軍軍人として自決した弟(主人公の叔父のこと)のことも、理解するしか方法はない。私の現在の立場を話しておこう。これは、まず有り得ないことだが、かりに、今後、韓国と日本のあいだで戦争がおきたとする。そのとき私は、韓国人として、母の国日本を滅亡させることに自分のすべてを投入するだろう。おまえの子供達は、反対に、韓国人を殺しにくるだろう。これが歴史だ。私には、悪循環こそは永遠である、などといった逆説めいた言葉はとうてい口に出来ない。おまえと私のあいだに溝があるとしたらこれだけだ。私は、もしかしたら、おまえとは理解しあえないかも判らない、と危惧を抱いていたが、ある程度は理解しあえたようだ。おまえはどうだ?」
「ええ。父さんも私も、たがいの道を行くよりほか方法がないと思います。……」
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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