サンデーさん(ヘビーな話1)
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/03/09 21:13 投稿番号: [14800 / 44985]
こんばんは。
今日はあちこち歩きまわらなきゃいけなかったので、なかなかパソコンの前に座れませんでした。やっと休息時間(休足時間)です。
>そこで一つだけ気になった事があります。
>>でも、圧倒的に多くの日本人は、やはり私のような人々だと思います。
>この「圧倒的」です。
この圧倒的という言葉がふさわしかったのかどうか、今日一日ずっと考えていました。今の時点で、私はこう思います。半分はふさわしくなかった。残り半分は、使わざるを得なかった。
使うべきでなかったという半分のほうの理由は、私が日本人だから、ということに尽きます。あの言葉を書いたとき、私は自分が多数派の側にいることに対して、なんの緊張感も持っていませんでした。ですが、多数派の一員だからこそ、深く考えもせずに「圧倒的」などという言葉を使うことに慣れてしまえば、自分の使う言葉に対して精神的にルーズになります。八重七重さんの言葉を借りるならば、「自分の品性を保てなくなる」ということですね。ですから、この部分では、あの言葉を撤回したいと思うのです。残り半分があるので撤回は出来ませんが、これまで書いてきたようなことを気付かせてくださって、サンデーさんに感謝しています。ありがとうございました。
残り半分の、「使わざるを得なかった」についてです。
私は「圧倒的」と言いましたが、実はあれは、現実を反映していないはずです。真の現実は、以下のような人々こそ「圧倒的」であるということでしょう。(以下は、小泉総理が北朝鮮に行く前の話です)
例1.私の友人に、高学歴でまあエリートといえなくもない職業についている人がいるのですが、この人が、同僚で在日朝鮮人のかたの結婚式に出席しました。同じテーブルに、新郎の育ての親だというやはり在日のかた(多分1世)がいらして、話しかけてこられたそうです。
「日本と朝鮮は百済の昔から交流があるのだから、この先も仲良くしなければならないと思う」
友人は、「そうですね」と応じてもっとお話しようとしたそうですが、反対側の席の日本人同僚が、友人のわき腹をつついて囁いたそうです。
「おい、クダラってなんだ?」
「俺は、あいつを殴ろうかと思ったね」
と、友人は言っていました。
例2.
私自身の体験です。
ある時、やはりインテリ階級のマダム達が集まる会に出なきゃいけないことがあったのですが、その席で、あるマダムが言ったのです。
「私、韓国の人達が日本のことを恨んでいるなんて、最近はじめて知ったのぉ。不思議ぃ」
その奥さんは大卒で、2人も子供さんがいます。私はこの言葉を聞いて唖然として、口をきく気力がなくなりました。
こういった人達こそが、おそらく今の日本の「圧倒的大多数」なのだろうと思います。ですが、この人達でさえ、今は「拉致問題」「金正日」などなどは知っているんです。(喜び組なんて、それこそよく知ってるんだろうなぁ)そこが問題なんですよ。
私は、例2の奥さんがお茶会でクッキーでもつまみながら、
「北朝鮮て酷いわよねェ。金正日って、どうかしてるわ。拉致した日本人をさっさと返せばいいのにねえぇぇ〜」
と言っている姿がありありと目に浮かびます。そして、悔しいんですよ。韓国の人達が日本人をどう思っているかもろくに知らず、それに対して日本人側からはどんな言い分があるのかを考えたこともなく、ましてやサンデーさん達がどんな苦労をして誤解を解こうとしているかをちらと思い浮かべたこともない人達が、北朝鮮や拉致問題に関しては立派な意見を持っているかのようにしゃべり散らしていることが。
しかし、それを非難することは出来ないし、すべきではないとも思います。例1や例2の人達があたかも自分達こそが愛国者や見識を持った人間であるかのように振舞えるのは、単に日本という国で日本人に生まれたことからくる不労所得のようなものだと思いますが、不労所得を得る権利は法律でちゃんと認められているのですから。(これはたとえです)
もちろん、こういった人達だって悪意があるわけではないし、お茶会の席でなにを言おうが、それはその場のことでしょう。まして、その席に在日の人がいるのならばそんな話題は出さないだけの常識も持っていると思います。でもそれは、今現在は日本が平和で平穏だからこそ、なんです。
続きます。
今日はあちこち歩きまわらなきゃいけなかったので、なかなかパソコンの前に座れませんでした。やっと休息時間(休足時間)です。
>そこで一つだけ気になった事があります。
>>でも、圧倒的に多くの日本人は、やはり私のような人々だと思います。
>この「圧倒的」です。
この圧倒的という言葉がふさわしかったのかどうか、今日一日ずっと考えていました。今の時点で、私はこう思います。半分はふさわしくなかった。残り半分は、使わざるを得なかった。
使うべきでなかったという半分のほうの理由は、私が日本人だから、ということに尽きます。あの言葉を書いたとき、私は自分が多数派の側にいることに対して、なんの緊張感も持っていませんでした。ですが、多数派の一員だからこそ、深く考えもせずに「圧倒的」などという言葉を使うことに慣れてしまえば、自分の使う言葉に対して精神的にルーズになります。八重七重さんの言葉を借りるならば、「自分の品性を保てなくなる」ということですね。ですから、この部分では、あの言葉を撤回したいと思うのです。残り半分があるので撤回は出来ませんが、これまで書いてきたようなことを気付かせてくださって、サンデーさんに感謝しています。ありがとうございました。
残り半分の、「使わざるを得なかった」についてです。
私は「圧倒的」と言いましたが、実はあれは、現実を反映していないはずです。真の現実は、以下のような人々こそ「圧倒的」であるということでしょう。(以下は、小泉総理が北朝鮮に行く前の話です)
例1.私の友人に、高学歴でまあエリートといえなくもない職業についている人がいるのですが、この人が、同僚で在日朝鮮人のかたの結婚式に出席しました。同じテーブルに、新郎の育ての親だというやはり在日のかた(多分1世)がいらして、話しかけてこられたそうです。
「日本と朝鮮は百済の昔から交流があるのだから、この先も仲良くしなければならないと思う」
友人は、「そうですね」と応じてもっとお話しようとしたそうですが、反対側の席の日本人同僚が、友人のわき腹をつついて囁いたそうです。
「おい、クダラってなんだ?」
「俺は、あいつを殴ろうかと思ったね」
と、友人は言っていました。
例2.
私自身の体験です。
ある時、やはりインテリ階級のマダム達が集まる会に出なきゃいけないことがあったのですが、その席で、あるマダムが言ったのです。
「私、韓国の人達が日本のことを恨んでいるなんて、最近はじめて知ったのぉ。不思議ぃ」
その奥さんは大卒で、2人も子供さんがいます。私はこの言葉を聞いて唖然として、口をきく気力がなくなりました。
こういった人達こそが、おそらく今の日本の「圧倒的大多数」なのだろうと思います。ですが、この人達でさえ、今は「拉致問題」「金正日」などなどは知っているんです。(喜び組なんて、それこそよく知ってるんだろうなぁ)そこが問題なんですよ。
私は、例2の奥さんがお茶会でクッキーでもつまみながら、
「北朝鮮て酷いわよねェ。金正日って、どうかしてるわ。拉致した日本人をさっさと返せばいいのにねえぇぇ〜」
と言っている姿がありありと目に浮かびます。そして、悔しいんですよ。韓国の人達が日本人をどう思っているかもろくに知らず、それに対して日本人側からはどんな言い分があるのかを考えたこともなく、ましてやサンデーさん達がどんな苦労をして誤解を解こうとしているかをちらと思い浮かべたこともない人達が、北朝鮮や拉致問題に関しては立派な意見を持っているかのようにしゃべり散らしていることが。
しかし、それを非難することは出来ないし、すべきではないとも思います。例1や例2の人達があたかも自分達こそが愛国者や見識を持った人間であるかのように振舞えるのは、単に日本という国で日本人に生まれたことからくる不労所得のようなものだと思いますが、不労所得を得る権利は法律でちゃんと認められているのですから。(これはたとえです)
もちろん、こういった人達だって悪意があるわけではないし、お茶会の席でなにを言おうが、それはその場のことでしょう。まして、その席に在日の人がいるのならばそんな話題は出さないだけの常識も持っていると思います。でもそれは、今現在は日本が平和で平穏だからこそ、なんです。
続きます。
これは メッセージ 14711 (sunday7227 さん)への返信です.
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