北朝鮮

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補足説明

投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2004/02/29 16:26 投稿番号: [14059 / 44985]
  ここで、私自身の立場をご説明しておいたほうがいいかな、と思います。

  最初は、八重七重さんの資料収集係に徹するつもりでした。(あれこれ調べて、適した資料をリストアップするのが好きなのです。お役に立てそうでしたら、どうぞお声をかけてください)ですが、結果的にはその立場を超えて、かなり踏み込んでしまったようです。ですので、先に投稿した文章には、かなり私の意見が入っています。

>yotaroさんへ

>李王朝の初期はハツラツとしているが、後の李王朝は「だらけてる」もしくは「堕落」したということだろうか。

  実は、そこのところが八重七重さんと最後まで議論しあった部分でした。
  八重七重さんの意見はこうでした。17、8世紀の朝鮮では下層階級の経済的台頭があったのだから(もちろん、それ以外のやりかたでも、身分の上昇を果たした人はいたようです。例えば、戦争で手柄を立てたとか)、そのためには下層身分(両班より下の身分の人々)に経済的台頭がもたらされるような社会的流動が合ったはずであり、そうであるならば、一概に「停滞した、貧しい社会」とは言えないのではないか。
  でも私は、17世紀にハメルが書いていることと19世紀にダレやイザベラ・バードが書いていることから考えて、17〜19世紀に、フランス革命期とかのようないわゆるブルジャワジーの台頭があったとは思えないし、農業的にもさほどの発達はあり得ないような気がすると思いましたので、そう主張しました。結局は、私の言うことのほうが実証的だろうということになって、そちらを採用していただきました。
  でも、八重七重さんがおっしゃることも一概には捨てられません。ですので、この17,8世紀の李朝社会に対しては、考えが変われば、修正意見を出すかもしれません。特に1724〜76の間王位についていた英祖王はかなり手腕のあった人のようなので、この人の治世についてはもっと調べたいと思っています。


  ところで、私が今一番興味があるのは、1608〜23年の在位期間だった、光海君です。この王は、没落していく漢民族の明と、急速に成長している満州族(女真族。のちに清朝を建てました)との間で、非常に現実的な外交を展開し、むしろそれを他の儒教官僚達から反発されて王座を追われてしまったのです。でも、息子夫婦や妃が次々に変死していく中でも超然とした姿勢で生き延び、流刑先で18年間余命を保ったそうです。ステキな王様だと思いませんか?
  一方、八重七重さんの一番のお気に入りは金弘集です。「能力的には金玉均のほうが上だろうが、隣人として持つなら金弘集に限る」のだそうです。
  でも、金玉均は、そうとうカッコイイ人だったみたいだからなぁ。日本への亡命後に亡くなった時、位牌を受けたいと名乗り出た日本人女性が7人もいたそうですから。7人って、モテたのねぇ……

  最後はミーハーで、すいません。(汗)
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